梅垣さんの帯の会は終了し、改めてその上品で上質な誠意あるモノづくりをご紹介させていただいて私自身嬉しく思っております。

引き続き同様に西陣で本物にこだわる「今河織物」さんの作品展を開催いたします。

 開催日は5月11日(木)~21日(日)で、17日は定休日です。

http://kiyata.jp

   
今河織物さんは本物のお召しの製品を作り続ける数少ないメーカーです。
その製品を「木屋太」というブランド名で発信されています。

今のご当主がお若いので、感性もやはり同様に、現代にマッチするお洒落なモノづくりをされています。

お召しというのは、強撚糸の緯糸を使用する縮緬組織の着尺のことを言います。

特徴的なのは、右撚り、左撚りの糸を二本ずつ交互に緯糸として織り込んでいきます。

織るときに糊付けしてあるのを、織り上がった後に湯の中で戻すと、撚糸がそれぞれ食い込んで、ざらっとした生地風が生まれます。

この生地風を徳川家斉が愛でたので、偉い人が着るキモノという意味でお召しと呼ばれるようになったとのことです。

それは定かではありませんが、本来はそのお召し緯(ぬき)と呼ばれる緯糸を使わないと本来お召しとは呼べないのですが、近年専門業者が2軒しかなくなり、いくら生産が以前に比べ激減してはいても、西陣全体の緯糸をすべてその2軒で作ることは不可能で、壁糸という特殊な糸を使ったり、単に平織の紋織物でもお召しと呼ばれています。

つまり西陣で織られている着尺(キモノ)を総称してお召しと呼んでいるのです。

この技は日本中いくつかの産地に伝搬されましたが、京都のお召しのような丈夫な組織ではありません。

Yの産地のものなどはスリップといってお尻のところが少し開いてしまうことも多いようです。

西陣の方が糸も、品質もはるかに上質で、かつ京都には豊かな意匠力があります。

昭和の一時期、関東の桐生地方で織られる桐生お召しが数量的には上でしたが、作りすぎがたたり、あっという間に消え去ってしまいました。

西陣のようにコツコツといいものを織るというのではなく、程度の低い見識でバカほど織った報いでした。

とはいうものの西陣でも近年お召しの生産も急速に減っており、お召し本来のお召し緯が作っていけるのかという問題が付きまといます。

そんな中でも今河さんは、本来の製法を正しく守り続けておられる織屋さんです。

お若い感性ですでに情報発信は以前からされておられますし、ご存知の方もおられると思いますが、当店でも是非一度皆さんにご紹介をさせていただきたいと今河さんにお願した次第です。

是非一度ご来店され新作も含めたそのお洒落な着尺や帯などをご鑑賞ください。

友禅生産統計 平成27年度

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昨年の友禅生産統計が先ごろ発表されていますが、まあ単純組合統計だけに、必ずしも実態を完全把握しているとは言えませんが、傾向を知ることは出来ます。

これによると昨年の生産は、一昨年より9%強落ちており、総数でついに40万反を割り込みました。昭和46年が確かピークでその時の生産数は、1650万反くらいあったはずですので、ざっと2.2%強くらいまで落ち込んでしまいました。

とんでもない落ち込みですが、そんな中で唯一生産を伸ばしているのがインクジェットによる振袖と、機械捺染の化繊、合繊の着尺です。
これは明らかにレンタル用のキモノであろうと思われます。

インクジェットによる振袖の生産は年間生産数の50%以上ですし、そのほか型染めのものを足すと、97%ほどになり、本格的な手描き友禅の振袖の生産は3%くらいしかありません。

京都の重要な伝統産業に品目でもあった京手描き友禅の生産は、一時期下げ止まった感があったのですが、再び大幅減産となり、全体の生産数の中でも20%もありません。
ほとんどすべての品目で生産が落ちていますが、もっともその減産率が大きいのが黒留袖です。
かつて最も生産の多いのが黒留だったことを思うと隔世の思いが致します。

本当に良い黒留を探すのはますます困難となってくるのは目に見えており、このような生産実態は、職人さんの高齢化などもあって、廃業の加速度的増加を見ることになるでしょうし、良いなと思ったら迷わず今お買いになるべきだというのは本当です。

西陣も同様ですが、真の高級品の生産は10年先はほとんどなく、直近5年だろうという憶測は間違いがないのかもしれません。

手のある職人さんの平均年齢は統計がありませんが、多分70歳を超えていると思われ、後継者はほぼないという状況ですし、加齢からくる品質の低下は避けられないでしょうし、第一材料がなくなりつつあります。

昨年も同じような寂しい話を書いたと思いますが、益々危機的な状況が目の前まで来ていることをひしひしと感じております。

ここまでくると厭世観が漂い、業者としても後継者のないところが多いので(私もそうなのですが)、健康上の理由などもあって、堰を切ったように廃業が増えるでしょう。

キモノを着る人は増えても販売はまだ減り続けていて、レンタルや古着だけが増えていくという現状では、業界としても打つ手がなく、公的な力で技の継承を考えてもらいたいと切望していますが、これといった具体策は見えません。

一生のうちに一度あるかないかという叙勲の席でも、購買力のある人でももったいないからと言って貸衣裳で済ませる人がどんどん増えているという非見識になんの衒いもなく、恥とも思わないという今の日本の状況下では、絵が描けないのも仕方ありませんし、真の上物の生産がそう遠くないうちに不可能となることは現実のものとなるでしょう。
それでなくても作り手の世代交代で、不勉強この上なく、ろくでもないものしか作れなくなっているということも確かです。

業界のピーク時にこの業界に身を投じ、最高から最低までをつぶさに見て来た私としては、そういう不幸なことを生きている間には見たくはないのですが、可能性はあります。

私自身の周りも次々と業界を去っていき、克己心や闘争心も薄れつつあるのも本当ですが、お客様の応援で何とかぎりぎり頑張っているというのが本当のところです。

いつもくらい報告ばかりで残念です。

歌舞伎音楽についての講演

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23日の日曜日の1時から、千駄ヶ谷の国立能楽堂の2階の講堂で、「歌舞伎音楽の魅力を探る」という演題でお話を致します。

これは私の友人でもある京都の舞踊家西川充さんが主宰する、NPO法人京都文化企画室の東京での2回目の研修会という形で開催されるものです。

昨年も私が、京都や、キモノの文化についてお話をさせていただきましたが、今年はもう少し絞り込んでのお話です。

歌舞伎を観る人は近年若い役者の台頭もあって、だんだん増えていると思いますが、歌舞伎というのは立役や女形だけの演技だけではありません。

舞踊や所作事があって、それには必ず音楽がつきものです。

歌舞伎で使われる音楽は、義太夫(歌舞伎では竹本と言いますが)、長唄、常磐津、清元、それに黒御簾や陰囃子と呼ばれる下座音楽があります。

こういうことをあまり知らないで観ておられる方が多いので、歌舞伎鑑賞のブログを書かれている方が音楽に関して頓珍漢なことを書かれているのを見て、もっと伴奏音楽のことなどをお知りになれば、歌舞伎がより深く見られるようになるだろうと思ったわけです。

また日本舞踊を習っておられるかたも、普段はCDなどの音源でお稽古されていると思いますが、それが長唄か、清元か、何かほとんど何も知らないし、そもそも長唄とはどんななものだとか、そういう知識などがまったくなく踊っておられる方がほとんどではないかと思います。

ですから最初は西川充さんの東京のお弟子さんだけに軽くお話ししようと思っていたのですが、ちょっと大げさになり。私も改めで勉強しております。

当日は彼女も実際に色々な音源で踊りを披露するようなことも言っておりました。

事前予約していただければ幸いですが、当日受付でも大丈夫です。

ご興味ある方お時間あればぜひご来場ください。よりたくさんお方の前で話す方が張り合いがありますので。

       http://www.kyotobunka.jp/event/event_2017.html

文化庁京都移転

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省庁移転など口ほどにもなく、ほとんど何もできないありさまですが、おためごかしに文化庁の京都移転と消費者庁の徳島移転だけが決まっています。

先日京都に先行部隊がやってきて、移転準備に入るようです。

ところが京都府、京都市の行政も来ることだけに舞い上がっていて、いまだにどこの建物の跡を使うのかなど決まっていませんし、もっと問題なのは来ることで京都にとって、日本にとって何がどう変わるのか、どうメリットがあるのかというような肝心のことを何も考えていないようで呆れています。

役人は各地の文化を観光に役立てるとかそんなことばかり言っています。

そもそも文化文化と軽々しく使っていますが、彼らには文化という字をどのような意味でとらえているのでしょうかね。

かなり表層的というか、見方が軽く薄っぺらいようなきがしますね。

歴史も知らないからよくわからないで使っているでしょうが、以前にも書いたと思いますが、文化という字は江戸時代までは、その文字の持つ本来の意味で、教育を広げる、文盲をなくすという意味で使われていたはずです。

それが明治になって正確な英語の辞書をつくるにあたって、非常に訳しにくい言葉の一つとしてcultureがあり、すったもんだしたあげく、文化という文字が当てはめられたのです。
それ以降文化という言葉は英語のcultureの意味を包括することとなりました。
cultureはcultivate(耕す)から来た言葉です。つまり人間が自然界に手を加えてできあがったものすべてを文化と呼ぶこととなりました。
それは形あるものだけではなく、宗教、思想、習慣などもすべて文化です。

つまり文化というものは人が作りだし人によって左右されます。

京都には確かに多くの文化が存在していますが、特に伝統産業と称する物作りの世界では紛れもなく日本最高峰にあります。

各地に京都から多くの文化が伝わりそれが今その土地土地の大切な文化として息づいているのです。その本家本元の京都のモノづくりが、多くの分野で後継者難となり、本当に長い長い歴史で紡がれた大切な貴重な文化が近い将来途絶えてしまう恐れがあります。

世界が認める京都の文化が消滅することは国富の喪失です。

文化庁が京都に来ることで、一番私が期待したいのは、役人が京都のそうした物作りに触れその価値を認識し、継承のための知恵をだし、施策を打ってもらいたいのです。

ただそのためにはまず京都人自身がリーダーシップをとって、文化庁
の役人へ明確なメッセージを伝えることです。

もう手遅れだというものもありますが、残していくためには何ができるのか、京都市、京都府の行政も、文化庁とともに考えてもらいたいと切望しています。

寺や神社や景観だけが京都の値打ちではありません。物作りの街、職人文化の街だということに文化庁の役人に気がついて欲しいですし、それを守ることこそ、国益にかなうのだと見識を持ってもらいたいものです。

しかしまあ需要なくしては供給がないわけですし、作られたものをいかに流通させるかということ、ものをつくる人づくりの問題など、省庁横断的に取り組んでもらいたいのですが、今の政権下では、難しいかもしれませんね。

でもとりあえず受け入れる京都が頑張るしかありません。
普段文化人と呼ばれている人たち(はなはだ疑問の連中も多いですが)には骨身を削って日本の文化水準向上のために尽力していただきたいものです。


待ったなし

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過日ある西陣の織屋さん主人が、ツイッターで、後継者を募集するのに、無給でしか教えられないという現状をそのまま書いて投稿したが為に、西陣はブラック企業以下なのかと、多くの心無い批判コメントが来て、それに対して実情のわかる人の反論があったり、いわゆる炎上状態となりました。
あるテレビ局がそれを興味深く思ったのでしょう。
今の実態をもう少し調べたいと思って、まあ大体ネットで検索すると、私のブログに当たるようで、私に取材させてほしいと言ってきたのですが、私は西陣の産地の状況は知人も多いので、知っている方ですが、西陣の直接の関係者ではありませんから、それなりの人を紹介しましたが、どうしてもこういう時に物事が表層的にとらえられ、真の実態をあぶりだすことは難しいのです。
全く仕事のできないものに給料を出してまで育成するという余裕など賃機屋さんにあるわけもなく、昔はみんな親方のところに住み込みで技を習得したものですし、本当にその仕事を生業にしたいのなら、アルバイトしてでも教えてもらわないといけないということなのですが、できれば組合や行政からの補助などを期待したいものです。

現在の西陣や京友禅の生産現場のことを理解してもらうことはなかなか難しく、知ったかぶりでああだこうだという人もいます。

何が悪いだとかああだこうだと言っていても仕方がなく、抜本的な問題に早く手を打たなければなりませんが、残念ながら時すでに遅きに失したとも言える状況です。

職人さんの高齢化は健康上の問題が大きくなり、病気で仕事を去る人も少なくありません。待ったなしで後継者育成問題に取り組まなければならないのですが、、、

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