第13回 刺繍(その2)

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今回から具体的な刺繍の工程を記しますが、実際に縫うまでにも色々な準備作業があります、まず 下絵 から始まり、 生地張り、糸染め、糸巻き、糸撚り(京刺繍の場合) をし、実際に 繍い 、その後 仕上げ というのが一般的な作業の流れです。

 それぞれを簡単に説明しますと、まず 下絵 は下絵職人さんの仕事で、刺繍の下絵だけを書く場合もありますが、加飾作業としての刺繍の場合は、友禅の出来上がりにどこに刺すかを刺繍職人さんが考えながら仕事をするのが一般的です。

 ただ私の作品のように刺繍加工が非常に重い場合は、染め上がった生地に後から下絵を書く場合があり、そうしたときは墨や金泥、時にはトナーなどを使います。この絵が崩れるときちんとした刺繍が出来ないので、下絵がとても大事なのは言うまでもありません。ただ墨やトナー等を使うと後で糸に写ったりということがありますので、私の作品では下絵の上をわざわざ糸目糊を引き、地染めをして、糊を落とし白い線上げにしております。そうすれば将来下絵が下から覗いたりすることがありません。

 こうしたこだわりが高級品には施されているものです。そうすることで、その作品が何時までも高い品質のまま維持されることになり、結局消費者のためになり、無駄なようですが続けております。でもたぶん当社だけだとは思いますが。

 刺繍を実際にするには、刺繍台(大体檜で作ります。一番丈夫で狂いが少ないからです。)に 生地張り をします。この張り方が実はとても大事な作業で、強く張りすぎたりすると、あとで変な皺が寄ったりしますので、強すぎず、かといって弱すぎると刺せませんので、程よい強さに張るまでに熟練が必要です。

 台張りをするには、まず台の両端にある丸い棒の溝に生地を通しその棒を回して生地を巻き込み、その棒を固定し縦方向を張ります。この時生地を傷つけないよう紙をはさむことも有ります。次に横方向の張りをしますが、たこ糸のような丈夫な糸を生地の耳にかがり、台の枠に巻き付けるようにしながら、作業をする場面全体に施します。

 この縦横の強さのバランスが微妙でとても大事なのです。小さな生地やほんの一部だけに刺繍する場合は、台に張らないで、小さな枠に張るときもあります。フランス刺繍のようなものです。

 刺繍に使用する刺繍糸は、専門の糸屋さんが、必要な色と量を 糸染め屋 さんに発注し、刺繍屋さんの要望に応じますが、この刺繍糸を専門に扱う糸屋さんというのがなんと京都にもたった2件しかなく、当社もその将来に大変な不安を抱いているのが現実で、もしいなくなれば糸染め屋さんに直接発注するしかないのですが、そうするとわずかな量でもある一定の単位を染めなければならずとてもロスが有り大変なのです。

 糸屋さんは最低単位一綛(かせ)(約5グラム)程度から扱ってくれるのでとても便利なのです。糸染めは堅牢度の高い染料を使い浸染で行います。わずかな量の場合は染料桶に糸を二本の棒で繰りながら染めていきます。よく水洗し、手で絞り乾燥させます。これもなかなか思う通りの色が出ないので、そのへんが職人さんの腕の見せ所といえます。

 草木染めの場合は、あとの処理がきちんとしていないと必ず色落ちし、生地に写ったりしますので注意が必要です。金糸や銀糸はそれの専門の糸屋さんがまた別にあります。余談ですが一口に金糸といっても、ピンからキリまであり、低価格のきものにミシンで刺繍してあるようなものに使われているのは、通常ソフトといいますが金色に着色したフイルムをナイロン糸に巻きつけたもので、とても品のない色をしています。

 ピンの物は本金箔を和紙に張ったものを絹糸に巻きつけたもので、明らかに輝きが違いますが、あまりに高価なことと柔らかすぎたりしますので、大体は合金のものを使用します。刺繍を通常こなすには大体2000色から2500色ほどの糸が必要とされます。ある色がなくなるたびに染めるのですがその都度少しずつ色が違ってきますので、よく使う色は最初に相当多めに染めておくことが必要です。

 染め上がった糸は刺繍作業がしやすいよう、色ごとに紙の管や木の駒の 糸巻き をしておきます。駒は樫や柿など堅い木でつくり、金糸や撚糸などを手で巻きます。色糸で刺繍する時には、撚りのない平糸と、撚りを施した撚り糸を使いますが、 京繍 (京都でする刺繍、日本刺繍の代名詞)はこの撚り糸使いに特長があります。

糸撚り には色々な種類や方法があり、表現する場所により使い分けます。釘のようなものに糸を引っ掛けて手で撚るのですが、その回数や強さなど慣れてしまえばなんでもないのですが、かなり熟練がいります。

 こうして刺繍の準備が出来、初めて作業に入るわけです。

繍い は、織りや染で表現する時のような、材料、技法、道具などによって制約を受けることがほとんど無く、自在に好みの色、柄を表現でき、布の加工で言えば描絵に次いで自由な技法といえます。使う道具も針と鋏などごく手軽なものですし、針に糸を通して自在に生地を縫って図柄を描いていく訳ですから誰でも始められるような親近感があります。

 ただ簡単な材料や道具だけで出来るということはそれだけ刺繍する人の感覚や技術、経験に頼る部分がすこぶる多く、高い品格のある刺繍を施せるようになるまでに、相当の修行が必要で、至難の技ともいえます。かなりな技術者といえども、感覚や経験がものを言う技法ですから、一針一針のわずかな違いが出、まったく同じ物を作ることは不可能ともいえます。それだけに気の入れ方や集中心の微妙な差で、製品にむらが出ることになり、技術の善し悪しだけで優劣が決まるというものでもなく、奥行きの深い技法でもあります。

 昔の職人さんには絵心が有ったので、刺繍をそれこそ絵をかくように色々技法を工夫しながら表現できましたが、今ほとんどそんな人も無く、また根気と時間がかかる技法だけに、はっきりいって高価な加工ですから、重い仕事も少なくなりよけい優秀な刺繍工が姿を消しつつあります。

私の作品は繊細で高度な技を使うことではじめて表現できますから、28年も前から中国蘇州の刺繍技術を取り入れることで、現在の加工が可能なのです。ただそれも最高の技術を要求しておりますので、昨今の中国の工業化の嵐の前には、この先どこまでその伝統が続けられるかは分りませんが、何とか今後ともお互い協力しながら、最高のもの作りに精出していかねばと今更ながらに自覚している今日この頃です。

 工程の写真は来月作業順にまとめて掲載させていただきますのでご了承下さい。また明年から具体的な技法の解説をさせて頂きます。大変マニアックなこのコラムを毎回お読みいただいている方に心より感謝申し上げます。何かお気づきの点はメールくださいますようお願い申し上げます。 

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