第14回  刺繍(その3)

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今月は具体的に刺繍の技法の話をさせていただきます。刺繍技法は基本的なもので15種類以上、それらの応用的な技法を入れると数え切れないほどありますので、ここではそのうちの代表的な技をいくつかご紹介させていただきます。

1) 刺し繍(さしぬい)
比較的面積の広い部分をつめる技法で、撚りのかからない平糸を使用します。
文様を外側から内側へ何段かに分けて繍うのですが、1段目を針の継ぎ目が目立たぬように、針足に長短をつけて繍い、次に2段目を最初の繍糸の間に割り込み、あるいは重ねて、1段目の針足の3分の2くらいのところから繍い出します。

 順次同じように何段も繍っていき、文様を繍いつくします。動物の体毛や花弁などを写実的に表現することができ、繍糸の色濃淡を使い分けますと、文様のぼかしや立体感が表現できます。この技法には、私は特段のこだわりがありますのでちょっと長くなりますが解説をさせていただきます。刺繍糸というのは普通1本のように見える糸は、実は12本の極細の糸からなっています。京繍はそれをほとんど割ることなくそのまま使います。したがってやや太めに繍いあがるわけですが、中国蘇州の高級なレベルではこれを何本かに割って使用します。

 細い糸を使う分時間も根気も大変ですが、繍いあがりは、針目も見えないほど、まるでお皿のように平坦で、乱反射することできらきらと輝きます。私が初めて中国に行った28年前、その極細の糸で写実的に動物や風景を表現するその技に驚嘆し、この技術をきものに応用できればさぞや美しいものが出来ると思ったのが、中国とお付き合いを始めた動機です。

 当時それこそ12分の1、つまり目に見えないほどの1本の糸で刺していくその精緻な技は人間業とは思えませんでした。猫の目の微妙な色の変化までもまさに写実的に表現できるのですが、さすがにきものには細すぎるので当初2本でやってもらいました。確かにすばらしく立体感と写実的表現が可能でしたが、2本では細すぎて毛玉になったりほこりが付着したりしましたので、その後4本使いにして、そうしたことは無くなりました。

 それでも普通の3分の1に割るわけですから、その技術は並大抵ではなく、日本でやれといっても、簡単に出来るものではありません。また出来上がりの美しさは、刺す時に糸がねじれると出ませんので本当に高度な技なのです。

 当時はそうした熟練の人が向こうにもたくさんいましたし、出来上がりを検品などしなくても安心して仕事が出せたのですが、現在ではかなり難しい情勢になってまいりました。それにはいくつも原因があるのですが、まず発注する側の問題で、私以外そうした技を要求する人がいないということがあります。

 安くて数ばかり生産する業者には今言った技術は高級過ぎて梃子に合わないでしょうが、情けないことに高級品としてのその技術にこだわって続けてきたものが今では私しかいないということで、需要が無ければ供給も無くなるのは当然です。他方、中国もこの10年ほどで経済環境が激変し、出来高払いに移行してから、どうしても楽な仕事を選びますので手間のかかる仕事を敬遠するようになりました。

 また一人っ子政策の流れもありこの先高級な技を続けていくにはかなり難しい情勢です。私は蘇州のすばらしい平糸使いの刺し繍の技術を保存するためにも、あえて高級な技にこだわっているのですが、そうした意を理解してくれる向こうの人たちが協力して次世代の技術指導に当たってくれていますので、何とか細々とはこの先続けていけるかと思います。

 それにしても多くのすばらしい文化が景気が悪くなると共に消えてしまったり、逆に良過ぎてそのことに従事していた人たちが、他の仕事に変わってしまうのは、真に残念です。何事もそうですが何かにこだわっていく気持ちがないと、本物は残せません。私は、この先も日本のきもの文化と中国の刺繍の文化の維持にお役に立てればと思っております。

 下に日本刺繍と中国蘇州刺繍の両者を掲載してありますが、写真で見てもその糸の違いは歴然ですが、実物をご覧にならないとその素晴らしさはご理解いただけないかもしれません。是非一度機会あればご鑑賞下さい。

koudo_kyou.jpg   koudo.jpg

京繍の高度なレベルの刺し繍             中国蘇州の高度なレベルの刺し繍

2) 繍切り 

kiri.jpg この技は刺し縫い繍とよく似ていますが、比較的小さな孤立した文様を、生地目の縦横に関係なく自由に繍いつめていく技法です。小花の花弁を一渡しで繍っていきます。京繍では最もよく使われる技法のひとつです。 

 

 

 

3)相良繍(さがらぬい) 

sagara.jpg 丸い結び玉を作って繍う技法で、生地裏から通して表に出た繍糸丸い結び玉を作って繍う技法で、生地裏から通して表に出た繍糸で「の」の字の反対方向の輪を作り、その輪に針を通して、さきほどの裏からの糸に根元に針を刺して丸い結び玉を作ります。この手順を連ねて行く繍い方で、背紋や花の芯などに良く使います。玉の大きさが揃うこと、出来上がりの玉が布に落ち着いて見えることが肝要です。中国漢次代から伝わる古い技法です。

 

少し長くなり申し訳ございません。あといくつかの技法を解説したいので、来月もう一月刺繍の話にお付き合い下さい。どの技法もさっさと出来るようになるまで相当の修業が必要で、刺繍というのは他のどの仕事より時間と根気が必要です。昨今刺繍教室も盛んですが、それで生計を立てるのは大変です。

 このところの景気の悪さから、重い仕事が激減しており刺繍だけで表現する京繍のきものは本当に少なくなりました。いずれもっと明るい話が書けるように願って止みません。

 

 

 

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高橋泰三(本名 洋文) 敬白

 

 

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