先月は 色引染 の話を大分長くいたしましたが、今月の 黒引染 は、京友禅にとってはもっと重要な仕事でありますので別にさせていただきました。普通、黒引染というと黒の染料を引けばいいというように思われるでしょうし、現実に近年はそういう仕事が増えているのは確かなのですが、京都の黒引染には他の産地にない独特の染め方が有り、従来から高級の黒留袖は、 三度黒引染 という、その名のとおり3回染める技法で染められております(単に黒色の染料を一回引くのは区別して通称 ブラック染 といっております)。
古くから京都では黒に染めるため、 「墨染」 、 「檳榔子染(びんろうじ)」 (檳榔子を使用した黒染、江戸時代から盛んに使われた技法で、藍染で下染めした上に檳榔子、ざくろ、五倍子<附子ともいう>などで染重ね、その後鉄媒染したやや赤みの黒色を出す。大正の初め頃まで黒染の代表として広く好まれた)等多くの黒染法が研究されていたのですが、明治に入り ログウッド という木のエキスが輸入されてから、今の 三度黒引染 が考案されました。
ログウッド を少し専門的に解説しますと、学名をヘマトキシロンカンペチアムという豆科に属する喬木で、中南米諸国に産し、主産地はメキシコです。新大陸発見後その存在がヨーロッパに知られるようになりました。この幹から抽出して得られる色素は鉄やクロムを 媒染剤 (植物染料の多く等は、それ自体では繊維に染着しないため、その染料と繊維のなかを取り持って染まるように作用させる薬品。タンニン酸、重金属化合物がほとんどで、同じ染料でも媒染剤の種類によりいろいろな色に発色する)に使うことで、しっとりとした深みのある、 「黒らしい黒」 色を得られるので、布地だけでなく、皮や家具用木材の染色に世界中で使用されるようになりました。
かつてはフランスでエキスを抽出精製し日本にも輸出していましたが、昭和の50年代後半からメキシコにて製造されています。具体的には芯材をチップ状にして熱湯に入れ、色素を抽出します。これを粉末状にしたものを使うのですが、いったん水に溶かし加熱し1週間ほど沈殿させた上澄み液を使います。
この ログウッド の液を使い三度黒引染の 一回目 を引きます。勿論この時も 地入れ を先にしておきます。(色引染の時にも当然するのですが、書くのを忘れたかもしれません)五寸幅の刷毛で一気に引いて行き、表だけでなく裏もなでます。引いた時の色は赤褐色或いはオレンジ色です。これをよく乾燥させた後、 二回目 に ノアールナフトール液 (フランス語ですので本当はヌワールのほうが近いのですが、業界ではみんなノアールと言っています)を引きます。
これはログウッドの中間媒染剤で、次に酸化剤を引くことで染料を不溶性の安定したものにすることが出来る、暗青色のログウッドの還元液です。もっと詳しく解説するとちょっと化学の講義みたいになりますので控えますが、引いた後はブルーに変化します。手早く乾燥させ、この後 三回目 に 重クロム酸カリ液 を引きます。
重クロム酸はクロムの化合物で、かなり強い酸化力を持ち、通常橙赤色をした結晶体で水に溶けます。この水溶液を引くことでログウッドを酸化発色させます。難しいのは、その濃度によって多少同じ黒でも、濃度が淡い場合は赤味がやや強く、濃すぎると酸化が強すぎて生地をいためることがありますので配合には十分注意が必要です。ですから引終わった後に十分 水洗 をして、余分の液を洗い落とします。廃液は非常に毒性も強く、そのまま排水として流すと危険なので処理施設が必要です。
黒留袖の場合はこの時点で伏せ糊は落としてしまいます。真糊の場合は糸目糊も一緒に落としますが、ゴム糊のときは溶剤で落とすためまた違うところに持っていくのですがそれは来月にお話します。また、この3回の引き染めは、1日でやってしまわなければなりません。手際よく早く乾燥させないと、柄の中に染み込んだりしますので、作業場の中に今では乾燥機を設置します。そのため中は大変蒸し暑く、手は真っ黒になるし、全工程の中でも大変苦しい作業でもあり、なかなか若い職人さんが育ちません。
こうして引終わった後、ゆっくりと酸化が進む事で、再度蒸しをする必要も無く、むっくりとしたいい黒色となり、これが京黒染の最大の特徴といえます。ただお読み頂けばわかると思いますが、地入れも入れて4回も引く上に水洗の作業も入るので、最短で3日間かかりますし、それなりに工賃も黒色染料の一回引きの ブラック染め よりも高くつきます。
ですから、最近の景気環境のせいでだんだん三度黒の注文が減り、当社がお願いしている職人さんのところでも、三度黒にこだわっているのは当社も含めたった3軒というような有様です。他の産地で三度黒は出来ませんし、京都独特の技術も将来が大変危ぶまれています。あらゆる段階で悪貨が良貨を駆逐するような風潮には、我慢なら無いものがありますが現実はいかんとも仕様が無く、本当に残念です。
色物と黒留袖ではこの後工程が若干違いますので、次回はそのことを整理するとともに色物が必ず通る、 水洗 を詳しくお話したいと思います。いつも長い文章で恐縮ですがお読みいただくうちにきものがだんだんと出来ていく過程がお分かりいただければ幸いです。










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