第9回 湯熨斗(ゆのし)

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前回書きました 水洗(水元) まで終わりますと、一応きものは染めあがった状態になりますが、多くの過程をとおり水も通しましたので、生地がいわば洗濯しあがった状態のようになっており、このままでは次の工程に移れません。それで水洗の後よく乾燥させ、次に 湯熨斗 を一度かけます。これはやや皺くちゃになった生地に、裏から蒸気を当てながら皺を伸ばすと共に、生地幅や長さを整えていく作業です。これには 機械熨斗 手熨斗 があります。

 機械熨斗は通称 テンター という機械を使いますが、これは通常の生地幅に揃えるため蒸気を通しながらまた乾燥までしてしまうもので、作業時間も短く、近年はほとんどこの機械を使って作業しております。ただこの機械を通すと具合の悪いもの、たとえば規格外の幅のものや、絞り染めのきもの、その他刺繍がすでに施されているもの等は、機械熨斗にかけると、絞りが伸びきったり刺繍が痛んだりしますので、必ず手熨斗を使います。

 手熨斗では生地幅をある程度自在に変えることが出来ますし、絞りの目をつぶさずにすみます。理科の実験に使うような、ビーカーのような道具から出る湯気を生地の裏に当てながら、指定された幅の木の棒を添えて作業をするのですが、見ていると簡単そうで、生地をきちっと決められた幅に仕上げていくのには、相当熟練が必要です。

 毎回同じようなことを書くのですが、実はこの工程も相当将来が危ぶまれています。手熨斗の職人さんは本当に高齢化が進み、若年の人は皆無です。余りたいした施設も道具も要りませんが、ラジオでも聞きながら朝から晩まで(最も今は晩までするほど仕事はないのですが)ある意味単純な作業を続けるのは、今の若者にはとても無理だと思います。その上加工単価も低く、数がないと食っていけません。その数も激減しているわけですから、現実は年金をもらっているような人に頼っているのです。

 最初の頃に書いた紋糊屋さんとよく似た実情ですが、この人たちがいなくなると、一番困るのは高級な絞り染めの工程です。絞り染めのことはいずれまた工程解説をするつもりですが、テンターにかけるとせっかく絞った目がつぶれてしまいますし、絶対に無くなっては困るのです。絞りの業界の人もそのことは十二分に分っているのですが、これといった手立てもないようです。当社も絞りの加工を加えたものを作っていますので他人事ではありません。ただ絞りの産地は、京都だけでなく愛知県の有松というところもあるので危機感がそれほどないのかとも思いますが、そちらのほうでも実情は同じで、早急に将来を見据えた方策が必要とされております。

 実は今月次の工程 (金彩加工) まで書こうと思っていたのですが、これには色々な技法があって長くなりますので、来月に送ることにし、この機会に私がこのきもの製作の分業制をいかにして続けるかということに関し、常々考えていることを書いてみたいと思います。

 今までお読みいただいた方にはある程度お分りいただけると思いますが、手描友禅のきものの製作には多くの人たちの労力が必要ですし、それなくしてはこの文化を続けることは不可能です。けれど今の状況ですと、かなり近い将来に相当なピンチが訪れる事は間違いありません。食えるとか食えないということももちろん大事なファクターには違いありませんが、時代背景云々も加味し、少子化の影響も考えますと、少なくとも京都の伝統産業であるきものの製作に従事する、すなわち職人さんになる若年層の参入はほとんど絶望的と言わざるを得ません。

 京都が長い間に培ってきた大事な日本の文化を、我々の世代で絶やしてしまうことは先人に対しての冒涜であり申し訳が立ちません。ではどうすればいいのかということですが、少なくとも今までと同じような考え方では駄目だという事は自明の理ですから、何かを変えていかねばなりません。ではどんな知恵があるのでしょうか。業界の高齢者や無能の行政は新しい考えが出ませんし駄目だ、駄目だというばかりですが、そんなことはありません。そもそも色々な文化が今までどのように創生され、続けてこられたかを見れば自ずから解決の道はあると思います。

 かつて京都の文化は世の憧れであり、多くの職人が地方の招きで、その技術を伝播して来ました。染織もその例に漏れず現在でも日本各地に、いわゆる産地が存在しています。そのおかげで逆に京都で途絶えたものが地方に根付いているものもありますから、京都でもの作りが難しいと予想される今日の解決策のひとつは、今のうちに京都にしかない技を地方に伝えることです。京都に職人がいなくなってもその技がどこかに生きていれば、多少手間隙はかかっても、続けていくことは可能だろうと思います。

 極端に言えばそれが海外であってもいいのではないかと思いますし、現に一部の加工は韓国、中国、ベトナム等に移転しているものもあります。ただほとんどの業者がただ安くたくさん作るという発想ばっかりですから、高級な技や数の出ないものは、一般的には全工程を移転することは難しいと考えられています。それならそうした国から人を連れて来て教育するというのも、またひとつの解決策でしょう。

 話は違いますが京都の舞妓が99%地方出身者であるように、京都に人がいなければ外から人を募集する、それが国内にいないのなら海外から連れて来るというのは今やどの製造業でもあたりまえのようになっているのです。日本人が着るものだから海外で作ったり外国から人を連れてくるのはおかしいなどと言う頭の固い人が京都にはまだまだいます。京友禅だから全部京都で作らねばならないとか、京都人独特の変なプライドで海外や地方を馬鹿にしたり毛嫌いしています。

 私はこうしたつまらないプライドがこの業界の衰退を招いている原因のひとつでもあると思っています。考えてみれば、京都の染織文化の礎は、誰が作ったのかといいますと、よく知られている秦氏を初めとした渡来人であったことは紛れもない事実です。そう思えば外国から人を連れてきて、どうしても日本の若者ではやりそうもない仕事を今のうちに教育していくのは何の不思議でもないと思いますし、現実に中国やベトナムの女性たちは勤勉で手先も大変器用です。

 今月書いた手熨斗などは、ある意味単純な作業ですので技術の習得に比較的時間がかからず、教えやすいとも思います。またこんなことを言ってはどうかと思いますが、人件費もそんなに負担にならない程度ですむのではないでしょうか。ただ職人さんにそんな力があるとは思えませんので、組合や行政が育成費を負担、乃至補助をする必要があります。そうして皆の共同作業場として運営していけばと思うのですがね。

 私はよくそうしたことを京都市や業界の先輩諸氏に訴えているのですが、難しいと言うばかりで、だからといって何の方策も示してはいません。肝心なことはたとえ海外で生産しても、外国の人を使っても、いいものを作りつづけたいという、いい意味での京都人のプライドを堅持し、高い理想に邁進していく事ではないでしょうか。先ほど高級な技の全工程海外移転は難しいといいましたが、ある工程に限っては可能です。

 現に当社は高度な刺繍加工を施した製品を先代以来得意としていますが、今から28年前に中国蘇州のすばらしい繊細な刺繍技術に出会い、爾来彼らにきものというものを教えながら、日本の刺繍技術も加味した委託生産加工を現在も続けております。日本の業者としては最も古くから始め現在も続けているのは当社だけですし、また高級品としての加工を要求しているのは、残念ながら他にはありません。

 結果的に、最も主たる加工を中国に委託加工しているといっても、デザインから配色、その他下加工は刺繍糸にわたるまですべて京都で生産しておりますから、これは立派に京友禅のきものだと私は自負しております。ただ重要な職先が中国にあるといった感覚です。もともと技があったので技術移転が容易だったという背景はあるにしても、高い志を持った人たちが協力すれば、たとえ数量的には少なくても、他の高度な技も教え伝えることも十分可能だと私は思っております。

 それにしても海外の優れた技術や文化を認め日本人としての感性に合うように消化していくという道は、古来より先人たちがあらゆる分野で行ってきたことです。いい物を作りつづけるための、そうした海外の文化との融合は私にすればなんの恥じることもない正しい道だと思います。私としても、中国の心ある人たちと、お互いの文化を認め協力しながら、日本と中国の文化を守りつづけていくことにこれからも身を捧げたいと思いますし、口幅ったい言い方かも知れませんが、そうしたことが真のグローバリゼイションではないでしょうか。

 近年の日本人のだらしなさに辟易している私としては、日本人として本当に良い仕事に従事していることに感謝している毎日です。ちょっとした知恵と協力と決断、勇気、行動力があれば多くの難問も解決の道はあると信じています。アメリカの株が下がっただけで大やけどをするような今の日本を変えるには、日本人としてのプライドや愛国心を喚起させるような、この間のワールドカップのような一過性のイベントではなく、冒頭述べた普段からの教育や心構えが大事だと思います。以上私が近頃考えていることの一端を申し述べさしていただきました。

 またまた私の愚考と世迷言、拙文にお付き合いいただき心より感謝しております。これからも真面目にきもの文化の啓蒙に相勤めてまいりますのでよろしくお付き合い下さいますようお願い申し上げます。

 暑い日も続きますし相変わらず景気も悪いですが、皆様健康にはくれぐれもお気を付け下さい。とりあえずいつも夢と希望をもってがんばりましょう。
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高橋泰三(本名 洋文) 敬白

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