最終回 

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去4回にわたって紋の話を書いてまいりましたが、一応今回を最終回とさせて頂きます。

最終回として多くの家紋を取り上げて解説させていただきたいのですが、その数は本当に数え切れないほどあります。一説には1万以上あるといわれていますが、江戸期にほぼ定まった数だけでも600はあるとされています。

ですからそれをいちいち解説することは出来ません。詳しくはそのような書物がいくつも出版されていますのでご参考にされればと思います。

そこで数多ある紋の中で代表的なものと、後いくつか特殊なものや、エピソードなどを記してみたいと思います。

まずこれだけは解説しておきたかった紋があります。

それは 源氏香図紋 です。家紋通称 香の図 と称するこの文様を替え紋として使うことがあります。

香の図については以前にも何かでふれたかもしれませんが、文様としてキモノにもよく使われていますが、その本当の意味を理解している人がキモノ業界にもあまりにも少ないのにあきれております。ちなみにどこかの呉服屋で源氏香の柄のキモノがあればその柄の由来を聞いてみてください。きちんと答えられれば合格ですが、まずほとんど知りません。

この形には意味があるのです。ご存知の方には釈迦に説法で恐縮ですが、この図の形は香道から来たものです。

源氏香は 組香 (組み合わせた香を聞く)の一つで、まず5種類の香をそれぞれ5つずつ紙に包みます。要するに25個の紙包ができます。それを混ぜ合わせて、任意に5包を選びます。それをそれぞれ5つの香炉で焚き、聞いていきます。たとえば最初の香と2番目の香が違うと思うのなら、右から縦に2本の線を引きます。逆に同じと思うのなら2本の縦棒の上部を横線でつなぎます。

そのように右から左へ縦棒を5本ひき、違うか同じかで横棒をつけたりつけなったりするわけです。5つとも違うと思ったら縦に5本の棒が並ぶわけです。

こうして出来る図の形が、順列組み合わせで52あるのです。それで源氏物語54帖の最初(桐壺)と最後(夢の浮橋)の帖をぬかして52帖の名をそれぞれの形に当てはめたものが香の図です。自分がそうだと思って書いた形を香の図で探して、たとえば明石だとしたら、答えに明石と書いたりその帖に出てくる和歌を書いたりするのです。下に全て記しておきますので、香の図の文様のキモノをお持ちなら、その図が何かを御探しになってみればいかがですか。

この組香が一番はやったのは江戸時代といわれていますが、それにしても計算されつくした見事な考案だと思います。昔の人は本当に雅で優雅で教養があったということでしょうか。

香の図一覧

kamon.jpg

 

先ほども申し上げましたように日本の家紋の数は数え切れないほどありますが、

中でも菊紋、桐紋は天皇家が使用したり、豊臣秀吉が家紋としたりして日本人にも馴染み深いので少し触れてみたいと思います。

菊紋

菊花と菊の葉を図案化したもので、菊は古代より中国において観賞用だけで無く、延命長寿の薬として、9月9日の重陽の祝いの菊酒として用いられています。日本では桓武天皇の和歌に菊花が出ており、文様として平安時代に流行し衣服、甲冑に使われました。鎌倉時代に入り後鳥羽上皇がことのほか菊を好まれ、自分の持ちものに菊の文様を使われ、後宇多上皇を経て、この時代の末に皇室の私的、専用文様とされたようです。その後足利尊氏は後醍醐天皇から菊紋を下賜され、豊臣秀吉も菊紋を好んで用いたようです。

ところで現在の皇室の紋章は、大正15年制定の皇室儀制令によって、

天皇・太皇太后・皇太后・皇后・皇太子・皇太子妃・皇太孫・皇太孫妃の紋章は16葉8重表菊形とすることが定められています。親王以下皇族は共通紋として、14葉1重裏菊と規定されています。尚桐紋は皇室の替え紋のあたるもので、細かい規定はありません。

 

桐紋

桐の葉と花を形象化したもの。桐の種類は多く、白桐といわれるものが紋章となったそうです。桐は聖王を待って出現すると言われる瑞鳥鳳凰のとまる嘉木といわれ、平安・鎌倉時代に、桐・竹・鳳凰一組の模様が天皇のみに用いられました。のちに桐だけが取り出され、公的に天皇の象徴となりました。桐紋を下賜された人物の中では、菊紋同様、足利尊氏、豊臣秀吉が特に有名です。このように桐紋は皇室初め、武将や大名に愛用された由緒ある紋です。

最たる愛用者は秀吉で、その時代にはほぼあらゆるものに桐紋をつけるというブームが起こり、みだりに使ってはならないという禁令まで出ています。

桐紋は明治になってからは誰でも使えるようになり、五三の桐は庶民もこぞって使うようになりました。現在でも女紋として一番使われていると思います。

ちなみに我が家もそうだったのですが、あまりに使う人が多いので、下の写真のように、飛び蝶桐という紋に替えてしまいました。

kirimon.jpg

 

葵紋

葵紋は葉と花を文様化したもので、これは加茂神社の神紋で、加茂葵の名称がある。家紋としては戦国時代に松平(徳川)氏、本多氏らが使ったが、徳川家康が将軍になるに及んで、葵紋の権威は絶対的となり、他人が遣うことが許されず、あまり流布しなかった。したがって葵紋は徳川家の独占家紋でした。

ところで三つ葉葵でもその葉の芯の数(葉の中にあるぎざぎざしたものすべて)がそのときの将軍でわずかに違っているのをご存知ですか。家康、秀忠、家光までが33芯、家綱は19芯、綱吉は23芯、吉宗が21芯、家重から慶喜までが13芯だそうです。

aoimon.jpg

現代では誰が使ってもいいのですが、さすがに三つ葉葵をそのまま使う人はほとんど無いようです。

そのほかにもいくつか解説したいものもありますがまたの機会にさせて頂きたいと思います。

5回にわたりどんな紋を、どんなキモノに、どんな時に入れるかということを書いてきましたが、要はフォーマルと、カジュアルの差をよく考えて、そのキモノがどういう用途なのか、どんな席に着ていくのかなど、呉服屋さんに相談してみてください。もしいい加減なことを言うようでしたら、私にお尋ね下さい。

女紋のことは関東の方はあまりご存じないのですが、関西では結構問題になりますので、嫁がれるときなどは先方ともよくご相談されることをお勧めします。

ただそう言うことも何もかも分からないような家が増えてきましたので、お買い求めになった呉服屋やデパートで相談すればいいとは言うものの、恥ずかしい話ですが、素人みたいな販売員が山のようにいるご時世ですから分からないことがあれば遠慮なくお尋ねになってください。

正しいキモノの知識を伝えられる人がどんどん流通側で減っています。

このままでは本当に大変なことになりますので、我々作り手が正しい啓蒙活動をこれからもしていかねばならないと言うことかと思っております。

いつもお読みいただき心より感謝申し上げます。

また次に何か参考になることを特集するつもりでおりますので、時々覗きにおいで下さい。

 

高橋泰三 拝

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はじめまして。

着物が好きで、興味深くプログを拝見しました。

まだまだ読んでいない記事があるので、楽しみです。

ところで、菊の画像に桐と誤植になってるように思います。
ご確認下さい。

知識がないだけで、間違ったコメントかもしれません。
その折りはご容赦ください。

すみません。大分以前に書いたものですが、どこの部分なのかわかりません。具体的にご指摘いただけますか。

2008年3月10日の記事の中の14枚ある画像の内の2枚目の画像です。
画像の説明が
香の図一覧 → 五七の桐 → 宮家共通紋 →・・・となっていますが、
2枚目が菊のようにみえました・・・・

ピヨ吉さま
ご指摘ありがとうございます。当時のサイト管理者が今はいませんので、編集ができないので、一端削除いたしました。有難うございました。

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