本社移転から一年

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残暑も厳しいとはいえ秋の風情のこのごろで、先日の4年に一度のオリンピックというお祭りもあっという間に過ぎ去り、本当にこの年になると月日の過ぎ去る速さに我ながら驚いております。

ところで、京都本社は昨年9月、長年営業していた地から、現在の数寄屋造りの日本家屋に移転しましたが、もう早1年が過ぎ去りました。
暑い中の引越し作業は本当に苦労致しました。汗だくで、色々なものの整理は大きな決断と勇気を要し、過去のものを振り払ってまいりました。
何を捨て、何を残すか、結局は私が最終的な決断をしてきたわけですが、本当に迷うものも多く、かつて無い難しい仕事でも有りました。

1年たって振り返ったときに、その判断が正しかったのかと、後悔する思いも無いではありませんが、結果的には過去の重荷を振り落としたのは、正しい選択だったように思います。

今京都は、私が不動産を売却したあと、つまり昨年の秋以降、景観条例の新基準施行のことや、建築確認の遅れなどもあるところへ、全体的な不動産不況が重なり、地価が大きく落ち込んでいます。そういう意味でも言いタイミングだったのかも知れません。

私はこの先のきもの業界の推移を見て、銀行からの借り入れ依存体質は危険だと思ったので、決断したのですが、1年たって振り返ると、キモノ業界は縮小の一途を辿り、多くのものを作り、売ると言う事がとても難しく、規模の利益を追い求めてきたところは、急速な退潮を余儀なくされ、あらゆる面でリストラが進行中で、私の予想通りの展開となっております。
当然のことですが、全産地で大幅な減産を余儀なくされ、廃業する人が後を立ちません。自殺者も出ているのも本当で、ほとんどの生産者に覇気も無く、暗いという情況です。
しかし今すぐすべてが無くなるだろうということはありませんし、最低の需要に見合う最低の生産は残って行けるのだろうという希望的観測はしています。

しかしそのためにも規模を追い求めるのではなく、稼業的にこつこつと良い物を創り上げるようなところ、しかもそのことに使命感を持つと共に、ものづくりが好きであるというようなことが求められるのは言うまでもありません。

京都の菓子屋の商いというのを私は良く口にするのですが、自らの名物を大事にし、足らざるを持って良しとするような考えが、長く続けていける秘訣でしょう。
近年生産が伸びている、インクジェットプリンターでのキモノづくりも、それを別に嘘をつかずに売り、それが需要されるのなら、それはそれで一つの方向性で、決してそれが間違いだとは思いません。

ただ我々が先人から引き継ぎ続けてきた、伝統的な技を駆使してのもの作りが無くなるときは、文化としては崩壊です。どのように今後も伝えていくかということには、人づくりが欠かせませんし、また時代にあった知恵も必要です。

そのためにも、次世代への継承をさせるときの重荷を取り去ってやることは、上の世代が早急に着手するべき急務だろうと思います。
ゴミを散らかしたままで去っていくというのでは、次に来る人はその掃除ばかりさされてしまい、嫌気が差すでしょう。
現に私も本当にそれで苦労をしてまいりましたし、疲れました。
金払いが悪いことをなんとも思わないようなきもの業界の非常識な考えもその大きなゴミですが、そうしたことを続けていくところに当然将来は有りませんし、そんな汚れきった道は思い切って捨て、細くとも新しい道作りをすることが、将来続けていく勇気ある行動でしょう。

先を読み、早い決断を下すということが経営者の大きな仕事ですし、過去の栄光や手法に拘泥している限り、未来への展望は描けないということでしょう。

しかしやはり物を作る人がいないと道をつけても通る人がいなくなります。

我々が従事する手描き友禅の世界は、水平分業体制で生産され、各段階にそれぞれ熟練の職人さんが必要とされます。今から30年ほど前は本当に多くの生産があり、各職人さんのところにも多くの弟子もいましたので、心配することもなく技は継承されて行ったのですが、今や生産量が最盛期の4%もないという情況の中では、折角身につけた技も使えず、多くの人が現場から去ってしまいました。特に若い人ははっきり言って食べられないので、早くに辞めて行きましたから、今の生産現場を支えるのは我々団塊の世代から上の人が中心となっております。
当然もう弟子を取る余裕も、仕事もなく、かと言って、公的な職業訓練制度もこれと言ってありませんから、何時も指摘するように技の継承は危機的な段階であるというのは、これからも我々物作りを志向するものとしては共通の認識です。本当は今こそ公的な援助や制度を望むものですが、あまりにも無策です。

先日ブログのほうにも書いておりますが、歌舞伎の世界などでは、文化庁の事業として、国立劇場に付属して歌舞伎や邦楽の次世代を育てるための修習制度があります。
歌舞伎は3年ごとに8人を募集し、基礎を教えます。現在すでに第19期生が勉強中で、卒業生も相当な人数となり、歌舞伎の下支えの大きな力となっております。3年たつと、各役者さんの門下となり、研鑽を改めて積んでいくのです。現役の役者全体の中で、この修習生上がりがすでに28%いるということですし、歌舞伎の義太夫などは74%が卒業生だそうです。

近年若い人でこの世界に身を投じようという人も結構いて、次代の歌舞伎に大きな力になっていることは喜ばしいことです。もちろん血がないので主役級の役は大きな舞台ではもらえませんが、そうした人たちがいるからこそ、歌舞伎という伝統文化が続けていけるのです。

3年間は国がいわば給料を出して食べさせてくれるので、基礎的な技量修得が出来るという背景が大きいのです。
文化庁の仕事の中では最も成功している事例でしょうか。

しかし方やその役者の衣裳や、使う道具などを作る人は激減しており心配な情況です。

つまり役者志望は多くあっても、職人には成り手がないということで、これは今の若者の傾向でしょう。
友禅の世界でも、作家志望の人はいても一つの技の職人は嫌がります。要するに世に自分の名を出したいし、認めて欲しいという思いでしょうか。

ものづくりの世界では、つまり伝統産業の世界は、文化庁ではなく経済産業省の管轄となっており、その行政は広く薄い補助金行政が主体で、霞ヶ関の役人はまったくと言っていいほど、その日本の固有なものづくり文化を理解できるほどの教養を持ち合わせていません。

現実は各都道府県がその補助金を出しますから、その取り組みには大きな差があることは確かです。

今まではキモノ振興という事業への補助金がほとんどでしたが、ショーをしてもパレードしてもあまり意味がなくなっている現在、やはり後進の指導育成に重点的に金をつかって欲しいと思います。

公的資金で育てた職人を、皆で使えるような制度作りができれば、京都での生産は続けていけるかもしれません。もちろんこれは西陣でも同じです。

高齢の職人さんがまだいるから、何とかなっているということに甘えている時期ではなく、私は今早急に手を打つべき時では無いかと思っていますし、特に行政とパイプにある人にはそうした公の心で動いてもらいたいと心より思っております。
京都には世界に冠たる職人文化があり、決して寺や神社で持っているのではなく、繊細で秀逸な世界有数のものづくりができることがその価値で有り、また日本の誇りでもあるのだろうと思うのです。

きものや帯に関しても、京都の業者がそうした思想を持って衆知を集め、ものづくりの未来を支えられるよう真剣に、速やかに考えるときであると思うものです。

この秋以降日本の経済は後退局面に入るだろうといわれていますし、現実に東京でもその兆候があります。
きもの業界も一段と厳しい情況となるでしょうし、予断は許しませんが、キモノを愛する人は増えているのですし、その人たちのためになるような真面目な商いを続けてまいります。

10月に店内で西陣のお召しを紹介する会をして見たいと思っておりますので、そのことについて別に記しておりますのでお読みくだされば幸甚です。

季節の変わり目ですので、健康にはくれぐれもご留意ください。

高橋泰三   拝

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