7月は文月

カテゴリー:

もう今年も半年が過ぎ去ろうとしています。

7月は文月といいますが、ちょっと調べてみると、

7月7日の七夕の日に、詩歌を献ずることから文(ふみ、ふ)月というのだそうです。

また、稲の穂が実る月「穂含月(ほふみづき)」からとの説もあるようです。

七夕に関してはhttp://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%B8%83%E5%A4%95が詳しいです。

七夕の行事は本当に古くから各地で行われています。仙台のように月遅れの8月にするところもありますね。

小さな頃は笹にお願い事を書いた短冊をつけたものでした。
大人になってからはそういうことをした覚えもありませんが、今年ばかりはそういう心境です。

京都に帰って、産地としての京都の情報をこのブログなどで書いていると、あまりにも悲観的な話が多いので、嘘だろうと信用しない人もありますが、私はただありのままに伝えているだけです。

今年は景気が悪いところへ来ての、インフルエンザ騒ぎで5月の大手問屋の売り上げは対前年の25%落ち込んでいます。
大手問屋は呉服だけでなく宝石や毛皮等も扱っていますが、すべてが悪いと言うことでしょう。

懸命にリストラに取り組み人減らしをしていますが、そのことがまた営業力を減じ、またぞろ売り上げが落ちていくというデフレスパイラルに陥っているところが多いようです。

作り手も同様25%以上落ち込んでいますから、白生地卸は30%近い落ち込みです。

6月の様子も相当冷え込んでいますし、半年近くの落ち込みは半端なものではありません。

選挙もまもなくありますし、それまでは景気が浮上することはありませんし、秋以降の回復を皆、心から祈っているのが本当のところでしょう。

勿論あり地獄的状況から脱するためにも色々と動いてみる事は大切です。

ただどんなことを発信するのかは大切です。単に赤札販売会というのでは、息切れしてしまい自分の首を締めます。

一年に1、2回ならまだしも、年がら年中赤札をしているような専門店もありますが、問屋から売れ残りを借りての商いのところは、内容も悪く、決して消費者のためになるとは思えません。

この苦境にどんな手を打つかは、本当に様々かも知れませんが、苦しいからこそ知恵を出すものです。

紬の産地も工房的な家族労働のところは別にして、稼動は半分くらいでしょうし、各生産地の苦境は半端なものではなく、廃業者も多いのですが、何か諦めの境地になっている人も多いようで、元気がありません。

特に若い人たちへの指針を示すべき人たちの提案がまるで無いのは気がかりです。


先日京都府の染織工芸課にどの程度京友禅や西陣織の現状を認識しているのか試してみようと思って、作り手の現状と共に、その生産を維持していくための知恵を建策して見ました。

しばらく返事も無かったのですが、先日担当の若い女性から今京都府ではこういうことに取り組んでいますと言うようなメールが着ましたので、まあなしの礫よりはましですが、その内容がちょっとあまりにも幼いというか、職人さんの現場の情況などまったく分かっていないような施策で、それにいつも同じような代わり映えのしないものでした。

ちょっと引用するのはやめておきますが、まったく仕事が分かっていないとしか言いようがありません。

100年に一度の不況は大げさでも、戦後最悪の情況であることは間違いないでしょうし、いまやきもの業界の末端需要は、たった3000億とも言われています。

トヨタ一社の売り上げが20兆円を超えているのですよ。

如何に構造不況産業であるかは言うまでもありません。その本当に少ない商いの中にどれほどの人間がいまだに従事しているのでしょうか。

京友禅や西陣織は、良き時代に高度な分業体制を敷いているので、今さらすべての工程の自家生産型の企業を作るということも不可能です。

かつてに比べると本当に少なくなった職人さんでさえまともに食べられないような実態に鑑みて、かつてとはまったく違う施策が必要です。

京都版のマイスター制度とか、一部の絶対無くなっては困る職種の公的経営化とか、いくらでも考えられることもあるのです。

キモノの啓蒙という意味で、きものパスポートの発行や、高校生に化繊の着物を着せて観光してもらうなどの事業は、それ自体はそれなりにキモノと言う物への親しみを覚えるという意味で
は効果が無いとは言いません。
しかしそんなことでもの作りの職人さんへの仕事が増えるわけでもないのです。

景気が回復すれば、キモノへの需要もまた増えて仕事も増えるだろうという淡い期待は出来ますが、将来への技の継承には別の観点が必要です。

文化は作り続けてこそ、その価値がありますし、止まったときからすべて文化遺産になります。

キモノや帯がそうなって欲しくない、それ以外の京都の高度で洗練された文化を維持することが、世界にとっても価値あることだという見識を行政が持って欲しいのです。

だから現場を見て欲しいのです。その仕事を見れば、その手作りの技に感嘆することでしょう。

家に畳も無い家に生まれて、和文化にまったく触れたことの無いような若い人でも、その現実を見ればきっと考えが変わります。

今企業でも苦境に陥っているところは、すべて現場を知らない社長が上で偉そうに言っているところです。

京都人自らが、もっと京都という街の魅力やその文化的な優位性を認識しないと、ただでさえつまらないマンション街となりつつある、つまりベッドタウン化する京都の荒廃は止められません。

花柳界も食い物屋ばかりに席巻され、かつての風情も台無しです。

文化の崩壊はアイデンティティの喪失であり、国力の低下だという認識を行政が持てる日はいつでしょうか。特に若い人に勉強してもらいたいものです。


トラックバック(0)

トラックバックURL: http://www.taizou.jp/mt/mt-tb.cgi/247

コメントする

月別 アーカイブ