10月歌舞伎(昼の部)に行ってきました

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昨日は11時から歌舞伎座へ、10月歌舞伎昼の部を見に行ってまいりました。

最初は行くつもりは無かったのですが、私の大学の或る先輩が、生まれてこのかた、歌舞伎を観たことが無いとおっしゃるものですから、私がお連れしますということになり、
初めての人でも比較的楽しめるような演目を探していたら、
今月の昼の部が、「毛抜き、蜘蛛の拍子舞、河庄、そして松緑の息子の初お目見え」と、色々バラエティにも富んでいるので、面白いだろうと思い、お連れすることになったのです。

昼の部の方が面白いので、切符がなかなか取れず往生しましたが、昨日はたまたまネットで比較的良い席が取れました。

ちょっと簡単に感想を述べますが、劇評は敬称を略しますので悪しからず。

私も個人的には、毛抜きを三津五郎が演じるというのが面白いのと、玉三郎が演じる舞踊劇の蜘蛛の拍子舞が興味深かったのです。
藤十郎の河庄はもう何回見たか覚えていませんが、小春が時蔵というのは初めてでした。

江戸の荒事と上方の和事は正に対照的な芝居で、それぞれに持ち味がありますが、特に上方の和事を江戸の役者はなかなか演じきれません。

それはまず大阪弁がしゃべれるかということがありますし、立役の何となくなよなよとした船場などの若旦那風情は、向うで生まれたものでないと演じられません。

同様に2世団十郎が創始者といわれる荒事や江戸の世話物は、大阪の役者で演じるのもまた難しく、役者にはそれぞれ得意役、持ち味と言うものがあります。

そういう意味で、他人が得意とする役を演じるときは本当に難しいもので、観る側も先入観があるので、まず違う人がそれ以上に演技すると言うことも。また観客もそのように思うことも滅多にあることではありません。

今回の三津五郎の、毛抜きでの粂寺弾正役は、元来歌舞伎十八番で、つまり成田屋のお箱ですので、どんな演技をするのか興味深かったのですが、本当にこの人は器用な人で、まるで今の団十郎生き写しのようでした。

以前に勧進帳で、団十郎が急病で急遽三津五郎が弁慶を演じたときに歌舞伎座に行っていたのですが、びっくりするくらい上手で、感心しました。

世話物を演じてもコミカルな味を出すのも旨く、踊りは坂東流の家元でもあり、本当に何でも出来る器用な人です。

ただ惜しむらくは身長が余り無いことと、何でもできるので、逆に個性が埋没していることでしょう。私生活でも色々と話題の多い人ですが、上品な味の或る芝居や踊りは私は嫌いではありませんね。

二つ目の「蜘蛛の拍子舞」は、江戸時代から良く演じられていたようですが、戦後の上演記録を見ると今回で9回目です。

源頼光の土蜘蛛退治伝説は良く知られていたようで、能にも「土蜘」がありますし、江戸時代に歌舞伎狂言として取り入れられました。

前半は美しい白拍子、後半には女郎蜘蛛の精として現われ、最後坂田金時に討ち取られるのですが、手から何度も蜘蛛の糸を放ったり、ビジュアル的にも面白い舞台です。

玉三郎は一昨年南座で、若手を使ってこれを演じましたが、今回は菊之助、松禄を従えて、パワーアップした演出でした。

この舞台は明らかに玉三郎が、すべてを監修しており、美術もこの場面だけは別の人が担当していますから、色々高くついているようです。

前半の白拍子は姿はとても美しいのですが、後半は恐ろしい蜘蛛の精という姿で現れるそのギャップが面白いのです。
最近彼は船弁慶で、知盛を演じたり、紅葉狩で鬼女の姿になったり、単に美しいお姫様やくだけでなく、意識して芸の幅を広めているようです。


三番目の河庄は、私でももう何度見たかと思うほど良く演じられる、藤十郎の得意とする狂言です。もう一つ曽根崎心中と共に、藤十郎の出世作でしょう。

私はとても若い頃に、南座で、彼が扇雀の時代に、父上の雁治郎が治兵衛で、ければ小春を演じたのを観たのを今でも覚えており、上演記録を見ると、昭和45年に演じられています。

実際この扇雀時代の演技は大変美しく、彼が人気役者になったきっかけとなる役で、当時彼は大変もてたのです。

紙屋治兵衛、小春の役も難しいですが、兄になる孫右衛門の演技も重要で、以前は先代の仁左衛門が良く演じていました。
今回段四郎は初役でしたが、江戸の役者としては如才なく良く勤めています。

ただ現実京都人の私から見ると、段四郎、時蔵、二人の演技は品が良いですが、大阪人のあくの強さはやはり出ていませんし、それは求めても無理なのです。

藤十郎は今は東京に住んでいますし、二人の息子も同様ですが、この和事を継ぐ家としては、長男の翫雀(がんじゃく)の責務は大きく、今必死になって勉強しています。

小春の役は弟の扇雀がやれば良いと思うのですが、どういうわけか、舞台では演じたことがありません。

父である藤十郎は今年78歳ですが、まだまだ頑張られるでしょうし、引退されたら兄弟で演じるということも実現することでしょう。

4つ目の「音羽嶽だんまり」は、まあ所作事の極地のようなもので、設定上真っ暗闇の中での演技をするということで、動きがスローモーションのようになるのです。

音羽屋、つまり菊五郎や松禄などの一門の狂言としてしばしば演じられるのですが、今回は松緑の三歳の長男の初御目見得として、菊五郎が世話人として、その他幹部連中の口上がありました。

今の松緑の父は初代辰之助として人気を博していましたが、飲みすぎで41歳亡くなりました。このとき今の松緑は弱冠12歳で、親戚にもなる今の菊五郎がずっと後見してきたようです。

まだ三歳の藤間大河君は本当に可愛らしく、ただ挨拶をしただけで、父の肩に担がれて退場しました。

今月は江戸の荒事と上方の和事の対比を語る上では面白かったのと、玉三郎人気で、満席でした。

ただ団体のおば様連中の客の中に、公演中隣の人としゃべる人や、あれほどうるさく言われているのに、携帯の着信音が鳴ったり、非常識な人がいたのには閉口しました。

歌舞伎座さよなら公演ということで、歌舞伎を観たことがない人が多いことは致し方が無いとはいえ、静かに観て貰いたいものです。

キモノ姿も多かったのですが、そのことにはあえて触れないことにいたします。

お供した先輩が歌舞伎という、世界文化遺産でもある、日本固有の伝統芸能へこれからも興味を持っていただければと願っております。

お節介なことかも知れませんが、これからの折につけ日本固有の伝統芸能や文化の啓蒙につとめ、日本人が日本人としての心意気を取り戻すことのお手伝いができたらと思っております。

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