2010年6月アーカイブ

真のグローバリゼーションとは

カテゴリー:
やっぱりサッカーが気になって寝不足です。 でも本当によくやったと彼らを称賛したいですね。 このことで特に思ったのですが、日本というところはみんなで頑張るというのがその特質なのだろうと思います。 特別のスタープレーヤーはほとんどいなくてもそれぞれが自分の持ち場を一所懸命務めることで、全体としてことを成すという、いわば「和をもって尊しとなす」という精神は現在も脈々と受け継がれ、日本

まあどうにかなるだろう(?)

カテゴリー:
ずっとそうなのですが、京都の産地の状況は、上物を作るものにとって最悪です。 環境はますます悪くなっています。作る人が現場をどんどん去っていき、新製品の開発意欲が極端に落ちています。 方やキモノを離れてバッグやショールなどに、和の技術を使ったものは最近注目されていますし、今後のモノづくりでは当然考えられる道です。 しかしその分本格的なきものや帯の生産は少なくなる一方です。 和風グ

健康

カテゴリー:
京都に帰って気が緩んだのか、鼻風邪をひいてしまいました。 この5年ほど風邪を引いたこともなかったのに、今年になって2回目です。 東京との往復を10年も重ねており、いわゆる疲れがたまっているのかも知れません。気をつけねばと思っています。 何事もやはり健康なくしては成りませんし、今はある意味大事な時で、まだまだ何かと考え行動しなければならないので、京都に帰ったときは英気を養っておき

世界無形文化遺産

カテゴリー:
世界遺産という言葉はよく知られていますが、これは世界遺産条約に基づいて認定されたものです。 http://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%B8%96%E7%95%8C%E9%81%BA%E7%94%A3 これは建物やあるいは自然などいわゆるモノの認定ですが、それ以外に世界無形文化遺産として別の枠で、芸能や習慣など、形のないものを保護しようという取り決めがあり

帯も作ります

カテゴリー:
泰三のキモノは、振袖、訪問着、黒留袖、色留袖、付下げ着尺が主たるものですが、 時々というかあまり数はたくさんは作っていませんが、染帯や刺繍の帯も作ります。 ただ同じ染帯でも、泰三のものは刺繍加工をします。 少しずつしか作っていませんが、価格もそんなに高いものでもありません。 写真のものは、モアレもひどく、あまりきれいに色が出ていないのですが、鶯色の地色に、本手描き友禅加工で、菱
今月は梅垣織物の少し今までとは違ったものも含めてご紹介させていただきましたが、もう二度とこんな帯は作れなくなるだろうという私の話を信じて、本当に素晴らしい帯をお買い求めいただいたお客様がおられましたが、本当に頭が下がります。 その方は京都に観光に来られた時に、梅垣君の織る現場を見学に来られたこともあるので、事情をよくご存知でしたから、彼を応援したいという私の思いもよくご理解いた

総理大臣にキモノを着て欲しい

カテゴリー:
私が常々言っているように、高級な文化はそれなりに地位のある人が興し、支えてきたもので、それなりの立場になればそうした文化、たとえば茶道のおけいこなどは必修科目だったのです。しかしこの20年ほどの間に、この国は大きく変わってしまい、人心も荒廃し、迷走を続けています。 文化は政治と大きく関わっていますので、政治というより政治家のレベルがこれほど下がってくると、旧来の文化を支えてくれ

過ちては改むるに憚ることなかれ

カテゴリー:
これは論語にある言葉です。過ちを犯したと思ったら、対面などにとらわれず、すぐさま改めるべきだという意味です。 英語では It is never too late to mend. というようです。 最近この言葉をよく思い出します。 人生60年以上にもなると、思い返すと多くの過ちを重ねてきたように思いますが、その都度この言葉を私は意識していたものです。 もちろん熟慮して過たないよ

盛夏の婚礼

カテゴリー:
何が書きたいかすぐにぴんと来られる方もおられることでしょう。 今年の7月29日に成田屋の婚礼があります。 つまり市川海老蔵のことですが、こんな真夏の婚礼というのは、そうたくさんあるものではありません。 しかも相当な人数ですので、あるホテルの一番大きな部屋が使われます。 普通の家なら、こんな時に婚礼されたら、まずみんな洋服だろうと思います。 キモノを着るとなると、本当は絽のものが

銭湯通い

カテゴリー:
東京の風呂の装置が故障して、図らずも銭湯通いをする羽目になりました。 私が銭湯に行くのは、大学時代に下宿をして以来です。 現在東京都の入浴料金は450円で、これは日本一高く、佐賀が280円で一番安いですね。 ちなみに私が慶応の入学した昭和43年は東京の入浴料金は32円だったようです。確かに1円玉が必要だったのを覚えています。 卒業の年昭和47年(1972年)には48円でした。
1  2  3

月別 アーカイブ