清元精調会

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今日三越劇場で、清元のプロの恒例の演奏会、「精調会」が開催されました。
私の師匠も出演しておりますので、昼から行ってまいりました。

清元は三大浄瑠璃(義太夫、常磐津)の一つで、江戸後期に大成され、歌舞伎舞踊の音楽としても大変重要なものです。

ところが、最近はこうした邦楽に対する知識を持つ人が極端に減り、長唄も、義太夫も常磐津も清元も、はては小唄まで、何が何か全く知らない人方がはるかに多いというのが現実です。

今日もプロの演奏会でありながら、非常に入りも悪く、また高齢の方が目立ちます。

私の稽古場でも、男性の弟子は私一人になってしまいました。
師匠も高齢となり、新しい弟子をとる気力もだんだん欠けていることもあるので仕方がありませんが、多くの師匠でも男性の弟子の数は非常に少なくなっています。

かつては男の弟子のほうがずっと多かったのですが、今では邦楽全般に言えるのですが、女性の弟子ばかりになりつつあります。

こうしたお稽古事をする余裕がなくなったということもあるかも知れませんが、基本的にはこうしたことを何も知らない人ばかりになってきたということでしょう。

カラオケがなかった時代は、小唄や都都逸などお稽古をしていたりしたものですから、他の邦楽の知識もあったのでしょうが、最近は猫も杓子もカラオケですし、別に邦楽のことを知らないでも事足り、そのまま年を取っています。

こうした状況を打開する良策は、スターを作ることなのです。
もし清元の若手の師匠でマスコミ受けするようなスターが出てくれば、清元という邦楽の啓蒙にはとても役立つでしょう。

若い人の中にも興味を持つ人が出てくるかもしれません。

これは邦楽界全般に考えるべき問題なのかもしれませんが、特に清元、常磐津は何とかしなければ弟子がどんどん減っていきます。

そういう意味では家元が危機感をもって、流派の未来のために、色々な活動をしてもらいたいものです。

若手の師匠のワークショップの開催などの活動はすぐにでも始めてもらいたいと思いますね。

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豊後三流と言われる清元・常磐津・富本の各節は歌舞伎の伴奏音楽として発展し
浄瑠璃の歴史を見ると芸に秀でた人達の出会いと別れや複雑な人間模様などが
歴史として絡み合い積み重って来たと専門家の方はおっしゃいますが、歴史ある
清元をどうやって後世に伝え残すのか、弟子の減少や師匠方の高齢化に加えて、
近年では京都の花街でも舞妓さんの頃から清元・常磐津・長唄・小唄のお稽古を
してもお客さんが知らない求めないから清元が披露されることも無く、お座敷での
必要性が低いため若い地方さんは余り重要視せず熱心にお稽古をされないと言う
悪循環に在る様子ですが、清元の特徴と言われる声の技巧性であるユリ・カブル
ノム・カンなどの技法もお稽古を重ねて初めて身に付くものと思いますので清元も
常磐津もこれから後継者をどのように育成して後世に伝えるのか?現代の世の中に
在って大きな課題を背負って居ると思われます。 東京の歌舞伎座では現在新築の
工事が行なわれて居りますが、新しい歌舞伎座が完成した時にその舞台で見られる
太夫や三味線方の姿が減少して、将来的に歌舞伎の伴奏が過去に録音されたような
テ-プやCDによる再生にならなければと思われますが、泰三様がおっしゃる通り
かつて豊後節を生み出したと言われる宮古路豊後掾のように時代の寵児となる程の
スタ-の登場が必要なのかも知れませんね。

風天様

清元の初代延寿太夫は富本節の名手で、その美声から、清元節として独立しました。
そうした名手が現れた時にはその流派も栄えるものです。清元も志寿太夫が活躍したころは、その美声だけで歌舞伎座に多くの客を呼べたものです。
そうした人が出てほしいのですが、残念ながら今そういう人はいません。常磐津も同じです。これからも邦楽への興味を持つ人が減る一方ですから、期待薄です。
本当に心配です。

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