2011年11月アーカイブ

何となくあきらめムード

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昨日は旧知の業界の人の集まりで夕食を共にしたのですが、そのメンバーはみんな60歳を過ぎて、ハッキリ言えば年寄りの集まりなのです(もちろん私もその一人ですが)。 それぞれにこの業界の仕事をなさっているのですが、昨日などはもう仕事の話はほとんど出ません。 どこもみんな悪いという話ばかりですし、どこどこの小売屋が金払いが悪くてどうしようもないとか、そんな辛酸を舐め合っていても飯がまず

勇気ある行動

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今日は大阪府知事、大阪市長の同日選挙の投票日ですが、橋下氏の当確が出ましたし、 府知事も維新の会の松井氏が勝ったようです。 大阪はこのところ地盤沈下が著しく、昨年も大阪府全体では人口が3万人増えているにもかかわらず、15歳から64歳までの、いわゆる生産人口が全国一で41万人も減少しています。 いわば若い人が大阪を出て行っているのです。大都市の中で、大学生の人口に占める割合もたっ

吉例顔見世興行

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京都では25日に南座に、今年の顔見世興行の役者の名を欠いた札が上がります。 これを「まねき」といいますが、勘亭流の独特な文字で書かれた木札が並んでいるさまは、まさに芝居小屋という風情で、年末の京都の風物詩でもあります。 南座は、江戸初期にできた芝居小屋としては一番歴史のあるところのようですが、そのころは7座その周辺にあったとのことです。 江戸時代初期は、鴨川の河原は、現在の南座

FDがなくなる

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フロッピーディスクの生産が停まるそうです。 今や記憶媒体はテラバイトの単位となっていますし、移動用にもUSBメモリーなどがありますから、確かにFBの役割は終わっていますね。 なぜこんなことを書くかというと、実はこのことが織物産地、特に西陣に多大な影響を与えるのです。 西陣の織物は明治になってフランスからジャガード機という織機が導入されて、大量生産が可能となり、飛躍的に発展しまし

叙勲のキモノ

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今月は、秋の叙勲、褒章の伝達式がありました。 全国合わせると相当な人数ですが、かつてこの時期には大体一月以上前から色留袖の注文がたくさん舞い込んだものです。 一つの呉服屋さんで泰三の色留が何枚も売れて、その小売屋が同じものではなかったかと心配したそうですが、その点は私はそういう事態を予想して同じものを絶対作りませんので、 泰三のキモノは安心なのです。コピーは別ですがね。 叙勲は

景気はどうすればよくなるのかな

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日銀が欧州の金融不安のリスクなどから景気判断を下方修正したそうですが、零細企業などずっと悪いのでいまさら何を言っているのかという思いです。 まあ要するにいつも大企業の数字ばかりで判断する習性はいつまでたってもなおりません。 今の総裁もたかだか役人で、世の中がよく見えているというわけではありませんな。 銀座の商店主も、非常に景気が悪いとぼやいておられるところが多いのです。 地方都

若手工芸作家作品展

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17日から日本橋高島屋で、「若手工芸作家作品展」が開催されています。 私が皆さんにご紹介させていただいている東京友禅の小倉悟君も参加しています。 全国の伝統工芸関係の若い人たちが集まっての展示即売会ですが、高島屋が全くPRしてくれないので、本当に来客が少なく、遠いところから参加されている方たちは大変です。 こういう会は交通費も宿泊費も全部自分たちが持って参加するので、思った以上

立方と地方

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伝統芸能をご存じの方はお読みになれるでしょうが、これは「たちかた」と「ぢかた」と読みます。 友人に「りっぽう、ちほう」と読まれて、まあ知らないから仕方がないとはいうものの、如何に今の日本にこうした言葉が平常縁のない言葉になっているかということでしょう。 日本舞踊で言えば、踊る側を立方、音楽を担当する側を地方と言います。 全般に演奏する人を地方と言いますし、お囃子も同様に地方です

世代交代

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キモノ業界の末端需要は金額で2500億円もないかもしれないと言われています。 大企業一社の売り上げにもとても及ばないほど縮小してしまいました。 私がこの業界に身を投じたころは、京都の基幹産業というだけでなく、日本の代表的な産業の一つでした。 それ以降の凋落は、外的な環境変化もありますが、やはり業界自らが持つ問題に起因するところが大きく、抜本的な手を打てなければ、まさにインクジェ

私が呉服業界と言わない訳

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私はあまり呉服業界だとか、呉服屋だとか言う使い方をしません、それはこの呉服という語源にこだわるからです。 呉服の呉というのは三国志に出てくる中国の呉の国のことで、呉の国から伝わった技術で織られた絹織物のことを言います。 また呉服と書いて「ごふく」と昔は読みません。 呉をくれと読み、服を機織りその物に読み替えて、「くれはとり」と読んでいました。 絹織物は当時は大変貴重ななものです
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