京手描友禅、京鹿の子絞りの啓蒙活動

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京都は紛れもなく、今でも友禅や帯の一大生産地で、京でもモノづくりが止まるということは、先人が築き上げてきた文化の一つが消滅するということです。

加賀友禅、東京友禅、十日町友禅という産地があっても、それはすべて京都の亜流であり、京都が常に洗練された染のキモノの最先端にいたことは確かです。

ところが近年、量販店、NCなどの流通事情から、インクジェットなどの印刷キモノのシェアが高くなり、心無い一部の業界人は恥ずかしげもなく、その振袖を京友禅などという証紙を貼って、何も知らない消費者に販売しています。

消費者がよく知らないから、ある意味だますなどと言うような情けない業界に未来はないのですし、そういう流通業者が淘汰されてしまう方が世のためであることも間違いではないにしても、何より本物の京友禅とはこういうものだということを、消費者に知ってもらうことが大切だろうと思います。

京都では手描友禅の生産に携わる業者が組合もいくつもあり、京都では毎年展示会なども催されています。

しかしいくら京都でそうした活動をしようとも、漁場で魚を売るのと同じで、啓蒙、啓発活動には殆どなりません。

本物の京手描き友禅のレベルの高さを多くの人に知ってもらうことが、消費者が誤ったものを売りつけられないことにつながりますし、是非全国の消費地で展開するべきなのです。


私はそういう団体の一つの京都染色美術協会(通称美協)に属していました。

この会は元知事の肝入りで、京都市美術館で唯一毎年キモノの展示ができる団体で、府、市からも補助金が出ています。

この会員はそれこそ京都の高級な友禅のほとんどすべてを生み出している染匠で、かつてはこの会員であることが高級友禅業者の証であり、誇りでもありました。

ところが10数年くらい前から流通環境が、大きく変わり、大手問屋にとっては高級な品格ある友禅のキモノは無用のものとなってしまし、その問屋の社員でも美協のことさえ知らないというような情けない低級化が急速に進みました。

こうした背景を受けて美協はその存在意義、性格を、単なる友禅のエリート集団という自負を持つ者の集まりから、京友禅の本物上物の、つまりは京都の文化の発信団体として脱皮すべきだと私は思い、そのための組織変更(今は単なる任意団体)をすることなどを画策したのですが、私の力不足、先を見る目のない高齢者のために潰されてしまい、私は
その団体に属している意義が無いと思い脱会しました。

私が辞めたことで多くの会員が追随したのは忸怩たる思いですが、その後私の予想した通り、一段とその存在価値が見えなくなり、退会するものが止まらず、新会員が入っても、最盛期60名の会員が、今はたった10数軒となってしまいました。

青年会も解散し、今年はまさに背水の陣です。

復帰してくれという声もあるのですが、やや手遅れという感は否めません。
ただ何でも反対するような高齢者が退会したようですし、若い人たち中心に運営していくということですので、側面からバックアップできればと思っています。

これからの茨の道を嫌でも切り開いていかねばならない若い人たちが、お互い協力して、その啓蒙活動に取り組んで欲しいのですが、そのためには前売りの方たちの協力も大切です。

心ある人たちが、本物を残そうという思いで助け合っていただければ、日本中に京都のモノづくりの魅力を真摯に発信できると思います。

消費者の知識が増えることで、販売店にそう言うものを求める声が高まっていくことが望ましいと私は思っています。

本で読むだけでではだめで本物を手にとって見ることが大事なのです。

専門店も当然ながらそうした勉強を重ね、消費者にその魅力を伝えてほしいと願うものです。

あと2年ほどで、我々団塊の世代は全員65歳となり、現場を去るものも急速に増えていきます。あとを任される若い世代がそれなりの見識をもって、次の時代に向けて行動していかれることを願っていますし、私のできる範囲での協力は惜しまないつもりです。

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