産地に在庫がない

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今日ある業界の人と話ををしていたら、ある紬の産地などでは在庫が本当に少なく、特に手のかかるようなものはもうほとんどないというのです。

問屋に売れ残っているものがあれば引き取ってもいいというのだそうです。

まさに異常な事態ですが、問屋が発注を極端に控えているので、ロットのある織物産地などは、作ること自体を停めてしまい、急激に産地のそれもいいモノの在庫は減ってしまったそうです。

あまり手のかかっていない低級品だけはあるそうですが、品質にこだわらない値段だけの量販店くらいしか逆にこんなものは動きません。

良いものを欲しいという消費者はいるのですが、現在の流通市場にある過去のものがなくなれば、当分モノが無くなってしまうということです。

そうなってから発注をしても、その時には作り手自体がいなくなっているのではないかと言われています。

本業だけでは作り手は殆どが赤字ですし、不動産収入などがあるところだけが残れると言っても、代が替れば本業を辞めてしまうでしょう。

またある西陣の織屋さんの話ですが、昨年有名な織屋さんが辞めてしまったのですが、心無い流通業者が、そこの真面目なつくり方をしたものを、背に腹は代えられないと、ネット業者などに安く売ってしまったりして、市場でどんどん値が下がってしまい、その織屋さんは資産もあるので、馬鹿らしくて辞めてしまったのです。

ところが過剰な流通在庫が払拭され、その帯の物の良さが見直され、分かる人がそれなりの値で商いし始めたので、残った在庫も値が通っているのだそうです。

要するに市場をよく見て、過剰生産にならないよう上質なモノづくりをしていれば、必ずそれなりの値で流れていくのです。

流通業者は、そういう真面目な人が作るものが結局一番ありがたいのだということをよく考えるべきで、そういう意味ではよく勉強しなければなりません。

大手問屋の何でもありの、安物を高く売ろうとするような催事販売などがいつまでも続くわけがありません。

こうした現実に鑑みると、作り手と正しい手の組み方ができ無い者は、予想よりも早く市場からスポイルされていくことだろうと思います。

この仕事で今後飯が食いたいのなら、当たり前の商いをすることです。売れても金を払わない、早く払うのが馬鹿らしいなどというような流通業者は当然ですが、淘汰されてしまいます。

また借りた商品のとんでもない値付けをして、客がちょっと興味を見せるとすぐに半額にしますとか、異常な商いを平気で続けているところもあります。


ここまで業界が縮小したら、本当に問屋があるいは産地が、あまりにひどい商いをするところを排除していかないと、消費者のこの業界に対しての不信感は払底できません。

買いたいのに何か騙されているのでは無いかと思うという様な声を聞くたびに、本当に悲しい思いをしますが、そういう現実が分かっていながら、卸してしまう問屋の責任は小さくありません。

結局真面目なものは馬鹿らしくて先に辞めることとなってしまいます。

ただ産地の在庫状況がタイトになれば、産地からの逆選別がいよいよ本格的に始まるであろうと思います。
金を払わないところには売れ残りの駄ものしか回ってこないということと覚悟することでしょう。

ここ数年で団塊の世代も去り、世代交代が急激に進んでいくことでしょう。
若い人たちはこれからがありますから、横暴な商いは当然忌避して行くでしょうし、色々な意味で、消費者にとっていい方向へ変わっていくことを期待しています。

この日本の大切な文化が、悪貨で駆逐されることのないよう、お役をしているような人には特に見識を持っていただきたいものです。

しかしそれにしても産地の疲弊状況は半端なものではなく、廃業が止まらないということは事実です。小さな生産でもバランスが保てるようになるまで、まだ縮小していくのだろうと予想されますが、果たして職人さんがいてくれるだろうか、それだけが心配です。

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コメント(4) | コメントする

そうなんですか?大変ですね。先日聞いた話では、筆の毛が抜けて、書家や絵描きさんが困っているとか。日本の業者が中国で作らせて売っているとか。
昨日のNHKの盆栽では、高松の生産者が、問屋を通さず直接海外に売っている話がありましたね。出版でも間に巨大な流通業者があって、生産者の出版社も販売する書店もいじめられながら半世紀、やる気が無くなりますよね。

作り手が残ってこそ始めてみんなが食べられるのですし、かつては売り手が大事にしてくれたものです。それが今では大した見識も、教養もない輩が偉そうにする時代です。こういうカスを売り手に置くと文化が廃れますから、飛ばせばいいのです。

まあいずれゴミは掃除機で吸い取られることでしょう。

作り手と買い手があればいいということですから、作り手がつらくても売る道を探るのが、これからの当然の流れでしょう。

こんにちは、はじめまして。いつもブログを拝見させていただいております。私は39歳で、着物の仲間も30~40代前半が多いのですが、「いい物、楽しい物がないねー」ということで、最近は昔のデッドストックを見つけるのが流行っています。もちろん、バーンとお金を出して良い物を求める事もあるでしょうが、そう全てにかけられないのでネットも上手く活用しています。若い着物好きは着実に増えています。そして結構目が肥えているので半端な物は意外に買いません。応援しています!作り手の皆さんも頑張ってください。

おっしゃるのはよくわかりますが、最低限度の需要がなくなればもうそれでモノづくりは終わりで、市中の在庫処分で命運が尽きます。
今そうなる道を確実に歩んでいます。良いものを安くということということで、今度も感謝の会を催します。

今の生産現場を見ているとそのうち、ネットにも本当に良いものは廻らなくなるでしょう。今でも売れ残りの換金処分で、そのために値が下がり作り手が益々疲弊するという悪循環なのです。
ほとんど生産現場はあきらめの心境で、上物の生産は急減速しており、泰三のキモノ等最近はまるで工芸品のようなモノになってきました。
お買い求めになるのなら今の内というのは本当ですね。

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