古き良きものを伝える努力

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このたび新しい小売屋さんが今度の展示会に振袖が欲しいお客を連れて行きたいとおっしゃるので、一応どういうお店かということもあってご挨拶に行ってまいりました。

兵庫県のある街の駅前の総合ビルの中にあるのですが、35年前にできて老朽化していることもあるのでしょうが、すぐ近くにもっと新しくて大きな商業施設が出来てお客を取られ、まさに閑散としており、多くの店が閉めていました。

こうした現象はいま日本中で進行中です。

駐車場の施設もある、あるいは駅のそばに巨大なショッピングモールなどができると、当然ですが、そこへ行けば何でもそろうし、今までの商店街は急に寂れて行きます。

目端の利く若い人はそういう施設に出店していくので、余計に既存商店街で商う人自体も減って行き、シャッター通りとなっている所が益々増えていますね。

こういうところには後継者がいないところが多く、その店主の健康状態や今の経済環境で、店を閉めるところが急速に増えているのです。

その後に入る人もまず皆無で、そのうちその店を取り壊し、駐車場になったりして、商店街に空き地が目立ち始めます。

地方都市はまさに今そういう状況です。

多くの商店に後継者が無いわけで、あと10年もすると本当にどうなるのかと言ってみんな心配していますが、若い人がいないところでは、これといった知恵もなく実行力に乏しいので、そのまま廃れるに任せているところが多いように思います。

仮に知恵を出しても若い人がいないと実行部隊が無く、また後継者がいなければ、その知恵の出し甲斐もなく、寂れるままに任せ次々と隠居していくことでしょう。

こうした事態をどうすれば解決できるかということが、日本のこれからの一番の課題でしょう。

地方の活性化のためには今の中央集権的な政治を早く改めて地方の裁量権をもっともっと認めることです。

中国の改革というのは、このことをいきなりのようにドラスティックになしたから成功(まあ一応そういっておきますが)したのです。

そしてそのためにも若い人たちの力が必要です。ただ最近若い連中が年寄りを否定して、歴史や伝統を無視したような動きをしようとすることがありますが、総じて必ず失敗します。

その土地の歴史や文化にのっとった改革をするためには、先人の知識や経験は貴重ですし、そのことを忘れての改革は危険です。

中国の改革はまさにその歴史の否定でしたから(そういうお国柄で、都合の悪いことは忘れるのです)、多くの矛盾を生じせしめるのです。

小泉改革もまさにそういうことだったので、上手くいかないどころかとんでもない思想が蔓延り、人の褌で相撲を取るだらしない男が激増し、失敗しても口先だけ謝って辞めないなどという武士道無き、気骨なき言動が目に余ります。

日本国の成り立ちを忘れた政治など上手くいくわけもなく、そのための教養の獲得が出来ていない政治家などではこの国を危うくさせるというのは、現実のものとなっていますね。

若いうちに東京に、大都会に行きたいというのは、私もそうでしたが、心ある人はぜひ郷里に帰り、その活性化に努力してほしいのです。

キモノ業界では作り手が極端に高齢化し、後継者難となっているのですから、最終的にはインクジェット化機械染めが大半を占めることになるのかもしれません。

でも、今それなりに知恵と勇気と決断力があれば、まだまだ打つ手もありますし、それができるところは、伝統の灯りを消さずに済むと思います。

もう一つは本物の啓蒙を急がねばなりません。これからの人に、本物の京友禅、憧れとなる逸品の存在の周知などをしていかないと、専門店の廃業も続き、そうしたものに触れる機会は益々減って行きます。

私は本当はあまりしないのですが、私の作るようなものが今お取引されている専門店さんなどになければ、どうぞご一緒においでいただいても結構だと思っています。

勿論そのお店を通じてのお取引をされればいいのですが、本当に良いものを今のうちに機会を見つけて見ておかれるということをされないと、いずれ市場からそうしたものが姿を消していくことでしょう。

4月の京都本社の展示会は、店外で催しますが、ホテルの1階ですし、入りやすいですから、ご興味あれば案内状なしでもおいでくだされば結構です。

ただ店外ではこれを最後に致したいと思っておりますので、それ以降はすべて京都なら下鴨の本社での展示となります。

地方の活性化はすなわちその土地の独自性の追求です。

日本各地が、それぞれの文化を大切にして、それを誇りにして振興していくことは、いわば京都のお菓子屋の商いと同じです。

独自性、オリジナリティを追求することしかこれから生き残れないのです。

そのためにも個性ある人間を育てるということです。

ただ余談ですが、あるデパートの入社式に自由な服装で良いという通達を出したそうで、その意図はそうした個性を大事にしたいというのですが、これは間違っていますね。

人生の中でのいくつかある儀式や節目にそれなりの姿をして威を正すというのは、人間として生きていく上の常識ですし、そうしたメリハリを知ることの大切さを教えて行かねばなりません。

ましてそのための衣装を売っているデパートがいったい何を考えているのかと思います。
教育の大切なことは、教わる側の資質の問題もありますが、一番肝要なことは教える側の見識でしょう。

大人がだらしなくてどうして子が育つでしょうか。

私自身年齢的に若い人にモノを言う立場であるだけに、まだまだ未熟ですので、研鑽を積んで、次世代へ正しきこと、伝統の深みなどを伝えて行きたい思います。


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