構造改革

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増税に政治生命をかけるという、まるで財務省の走狗の様な総理の言動には呆れかえるばかりで、国民の多くも辟易していることだろうと思います。

あまりにも低レベルの政治状況に、まさに暗澹たる思いですし、若い人の不安は増すばかりでしょう。

2001年からの小泉政治の、特に竹中金融政治の弊害がどんどん増大して、この国の根幹の思想までもが傷ついているような気がします。

心のない、思いやりのない、規制緩和一点張りの無能政治を当時持ち上げていたマスコミの見識のなさにも呆れていました。

私は当時から色々と強く批判していましたが、高所大所から見られない、歴史を知らない、文化の理解できないサラリーマンの友人には、政治というモノの本質を理解していませんでしたから私をずいぶん非難したものです。

結局すべて私の言うとおりだったので今はその時のことは恥じて口をつぐんでしまいます。

実際小泉竹中政治になってから急速に国債残高は膨れ上がりました。

当時プライマリーバランスは健全になったと言っているようですが、机上の空論ばかりしか言えない男らしい言い訳で、当時に為したことが余計に国の借金を増やしています。

構造改革と言いながら実は改悪となって天下り先を増やすばかりでした。

まあ結局潰れそうな銀行を国民の税金で助けて、その上勤勉な国民の血と汗の結晶の預金金利を収奪していまうという、まさに庶民に対して思いやりの欠如した政治が続きましたが、まあ当時の自民党にも人材がいなかったということでしょう。

いつも前置きが長くなりますが、今の日本では増税をしても助かりませんね。

そんなことは火を見るより明らかですし、そのことには誰しもが気が付いています。

にもかかわらず増税しか唱えないのは、まさに前例主義の塊のような思想です。

この国ははっきり言って無駄なことに金を使いすぎる構造になっています。

中央集権的な政治がずっと続き、何でもかんでも東京に一端集めてから再配分するという構造で、これはかつての中国がそうでした。

地方もその国からの金を当てにするから、変な甘えの構造が出来てしまい、地方財政も不健全となっています。

中央が何でもかんでも引き受けるがために、霞が関の官僚の残業時間は半端ではなく、まさに尋常とは言えない状況がずっと続いています。

要はこの構造を変えればいいのです。地方交付金なども廃止して地方の自主権、裁量権を拡大して、ある意味突き離せば、中央の仕事は激減し、余計な官僚を抱え込んだりつまらない外郭団体もいらなくなります。

天下り法人に使っている金が12兆もあるそうですから、そうした抜本的なシステム変更が出来れば、数兆円は楽に節約できるはずで。

国として中央としてやるべきか否かという判断が着かないとは情けない限りですが、金が無いから増税というまことに安易な見識無き政治でどうしてこの国難が救えるのですか。

かつての上級国家公務員試験の成績のいい順に大蔵省(財務省)に入省してきたそうで、一番優秀な官僚が大蔵省にいたというのですが、ではなぜこんな債務を負う国になったのですかね。

旦那が無能でも、番頭がしっかりしていればお店は万全です。番頭が無能でも店主がよく働けばこれまた問題ありません。

今の日本はどちらもひどいのではありませんか。

非生産的な仕事にあまりにも金を使いすぎる構造の改革こそ、一番命を懸けてやるというのが今の政治家の急務な仕事なのに、国民への負担を押し付けることから優先するという財務省の不見識に呆れ返るばかりです。

いまだに自分たちが優秀だからやることに間違いないと思っているのでしょうか。

頭の良いことと人間として優秀だということは別です。本当に国家100年の計で身を捨ててでも、まさに国のために働いたかつての官僚のような人はどれほどいるのでしょうか。

小さな政府を作るというのは常識です。当然政治家の数も減らさないといけません。

その話になるとうやむやで、国民負担が増える話ばかり国会で無駄な時間を使うのはもういい加減にしてもらいたいと、我々庶民は怒っていますね。

原発再稼働の問題でもそうですが、まさに今までの考え方や構造を改める、変える勇気が無ければ、この国の沈没は早いのです。

どうしてこれほど政治家に勇気が無いのでしょうか。

マイケルサンデル教授の「これからの正義」ではないですが、今の日本の政治には正義があるのでしょうか。

正義ということに関しては古代ギリシャ時代からも色々な哲学者が論じたりしていますが、要は道徳的な疑念であることは疑う余地のないところで、公正かつ公平と言う概念が基本でしょう。

まあ嫌味で言うと年がら年中戦争をしているアメリカの大学教授が正義について語るのはいかがなものかと思ったり、この間日本に来た時の講演で、竹中という最も正義のない男とトークをするというのも、噴飯ものでしたね。

国の借金がこんなになったから、増税させてもらいますという政治に正義があるでしょうか。

道徳概念の欠けた、徳のない政治は続かないのです。

これからの国づくりにどういうことに正義があるのかもっとよく真剣に考えて、勇気ある実行を断行してほしいと思うのは私一人ではありません。

前例主義の旧来の政治手法から頭が切り替わらない政党に未来はなく、良い悪いは別にして壊し屋のような人が台頭するのは致し方が無いのですが、その人たちもよく正義ある行動を見極めてもらいたいと思っています。

和を持って貴しとなすというのが日本人が引き継いできたDNAに違いないと私は思います。

日本は日本たれと思いますし、意味のないグローバリゼーションなどまさに教養の無さそのものでしょう。

大学時代に幅広い教養を獲得させるような教育が肝要なのですが、役人の様な国立大学教授では無理ですかな。

もっと若い時に色々遊んで、見聞を広めて、多くの人と会って、自らの判断基準をたくさん持てるようにならないと、今のおたくのような教育では、本当に多くの人の気持ちが分からない、同じ価値観を持つ人だけに通じるような偏った政治なってしまいますな。

新聞の論調も、消費税は必要だと言いますし、いくらお宝探しのようなことをしてももう限界だと言います。金のかからない政府づくりが急務であるもにそのことを言わないで消費是を上げるのは仕方がないという社説もどうかと思いますな。
もっと新聞記者も幅広い教養を高める努力をしなさい。

最近の社説の論調も切り口が狭くて、読むのもアホらしくなります。

みんなそろそろ私より年下の連中がこの社会を動かしていくようになってきましたが、あまりにも浅慮で、情けない行動も多く、これではまだまだ渡せないと思ってしまいます。

まあ価値観が変わって来たとか言いますが、人間としてどうあるべきかなどとういうことに変わりがあるはずはありません。

個性の無い、金太郎飴ばかりのような連中と話していても面白くありません。

個性の醸成は自らの考えるところに従って正直に、話し、正直に生きることです。

世代間を越えて付き合うことも重要です。

キモノ業界も正義のない輩が多くて、嘆息するばかりです。

相当この産業も弱ってきましたが、だからと言って何でも売れればいいというモノではないのですがね。

私ももう少しこの業界でうるさく正義を説いていくことに致します。

ちょっとまたつまらないことをグダグだと書いてしまいましたがお許しください。

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