キモノを着るという行為から

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この間から色留袖、黒留袖をお決めいただいていますが、世の中に本当に良いものが置いている呉服屋が無いと嘆かれています。

実際高級な絵羽物の生産は激減し、そのセンスが後戻りしているような気がしてなりません。

私が良いなと思うようなものにお目にかかることは最近ではまずありませんし、以前に作った物の焼き直しばかりです。

泰三のコピーも相変わらずですが、その質は落ちるばかりです。

糸代が値上がりしたことでの減産も仕方がないとはいえ、モノづくりは後退の一途です。

本来なら売り手はそうした事情に鑑みた商いに徹して欲しいのですが、相も変わらず催事やツアー販売などから抜けられませんし、それしか売れないという思いから、本来消費者のためにならないような商いから脱しきれません。

大手問屋はたけうち倒産で大きな被害を受けたにもかかわらずそのビジネスモデルから抜け出せず、全く同じ構造を引き摺っています。

ただ倒産しそうなところに売掛金に保険を掛けているというところが以前と違うのでしょうが、だからと言ってひどい商いのお先片棒を担ぐのはとんでもない話です。

こうしたことが止まらない限り、真のキモノ文化の継承は難しいのですが、世界に冠たるこの最高の服飾文化をとだえさせてはなりません。

そう言う思いを業者は持たなければなりません。

糸高の影響もあって本当に減産が続く限りですし、職人さんの高齢化が進む一方の中でいかにしてこの文化を継承させていくのか、私は10年以上前からずっと訴えているのですが、結局は消費が伸びなければ生産は難しいというのはいつも申し上げている通りです。

銀座界隈でキモノ姿をよく見るのは明らかに歌舞伎のせいです。つまりキモノを着ると相応しいような日本の伝統文化の推進があれば、キモノを着るということの機会は増えるわけですし、実際そうした取り組みをされている方々も多いのは確かです。

しかし本来キモノを皆で着ましょうと言うような運動をしなければ着ないというのはおかしな話で、やはり自発的に着るというようなことがなければなりません。

そのためにもこうした歌舞伎などの伝統芸能鑑賞、あるいはお稽古事を嗜むようなことがそのきっかけとなるでしょう。

ですからキモノ業界の者はそうした伝統文化の知識を益す必要があると私は口酸っぱく言っていますが、余裕が無いせいもあってなかなかそうした動きがありません。

京都市などの行政もこのモノづくりの危機は十二分に把握しており、担当者は何とかしなければならないという思いが募っているのは確かです。

ところが業界側からこれといった具体的な新たな振興策が何も提示されず、行政としては手をこまねいている状況の様です。

この間京都市では正式な行事には日本酒で乾杯しようということを条例で定めましたが、これは一定の効果が認められます。

キモノも同様に、少なくとも京都市では、公式行事にはそれなりの立場の者は必ずキモノを着るということを義務付けしたらどうかという案もあります。

これは必ず効果があり、各地に見習うところが増えるはずです。

本当は国としてやるべきことであって、教養のかけらもない政治家や官僚にキモノを着ると言う行為が何を意味するのかを分からせるべきだというのはいつも申し上げる通りです。

日本文化とのふれあいを楽しみに来日する人に、キモノ姿で迎えることの意味は大きく、かつては当然でしたが、今はそういうおもてなしの気持ちのかけらもないような、国会議員になる資格などさらさらないような低レベルの輩が議場にいることに愕然とする思いです。

茶道などを嗜めば、そういう気持ちも涵養されるのですが、何せ無芸大食無教養、頭でっかちでA=Bのような政治ばかりしているから、益々疲弊して行くのでしょう。

私はこうしたことを耳にタコができるくらいこれからも言い続けようと思います。

これほど政治がだめなのは文化を理解できる能力、文化力が極度にないから、相手が見えず思いやりが無いからなのですが、頭がいいだけの無教養な男にはそれがいくら言ってもわかりません。

自らの文化振興はそれこそ成長戦略の一環ではないでしょうかね。

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