本物を見る目

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最近、歌舞伎でも古典で、かつ大幹部だけのときに歌舞伎座の入りが悪いのだそうです。

かたや漫画の主人公を主題にした新作ものが満員だったり、ある特定の若手役者のところだけが切符が売れているとのことです。

つまり歌舞伎という伝統文化を見に行くのではなく、若手の誰かだけを見に行く、面白くてわかりやすいものを見に行くという傾向が年々強まっているような気がします。

若手は客が呼べるからといって、年がら年中あちこちで公演があって、肝心の歌舞伎座が高齢者だけという時に入りが悪いということなのです。

勿論かつてから人気役者の時に入りが良いとか切符が売れるというのは当然ですが、今問題なのは、人気先行で実力が伴っていない役者が多いということでしょう。

歌舞伎通の人にはそれが良く分かっても、分からない人が多いのは確かでしょう。

なぜならその役者の舞台ばかり見ているからです。芸の力ある人のファンでその舞台をずっと見ていれば、実力のない人は直ぐに分かります。

ですから人気だけの役者にはそれなりに厳しく物を言える人がいないと、荒れた芸のまま年を取ってしまいます。ところが客が呼べて興行的には有難い役者には、ほんとうは一番やかましく言うべき興行主からは一言もないのかも知れません。

大幹部もその役者にいくら言っても聞かなければ、だれも言う人もいなくなってしまいます。

それならファンが言うべきでしょうが、当然誰もがちやほやするだけです。

客の目が肥えているのは怖いことで、そういう人が多いと役者も緊張して、自分の未熟を悟り稽古にいそしむでしょう。

しかし今のように年がら年中全国あちこちで歌舞伎を開催していると、忙しくて基本を見詰め直す時間がなく、真の上達が望めません。

こうしたことは歌舞伎に限ったことでは無く、観る側に本物がわからないということがあらゆるところで浸透中ですから、伝統的な一見代わり映えはしないけれど、所謂本物がもて囃されることは無く、品質はどうでも良くても、奇を衒ったものとか、あるいはその間に立ったプロデューサーが名前があるとか、そういう理由のものがよく売れるという事がますます顕著となっていると思います。

本物とは何かとは口ではなかなか言いにくいのですが、一言で言えば普遍性を有し、歴史を超えて評価されるものに違いないと思います。

最初はわからなくても本物を見ること、一流という物にいつも触れていること、そうしたことで目が慣れて、いつの間にかそういう感性が身について行くものです。

歴史を超えた美ということは、やはり時代を経てきたモノ、つまり古典に学ぶことは大切です。

そして獲得した美意識が現代に生かされれば、また新たな本物が生まれ次世代に継承されていくことだろうと思います。

歌舞伎も名優の演じる古典を何度も見て勉強されることをお勧めしますし、他の芸能でも同じことです。

モノづくりをするものも同様にそういうものを若いころから見て勉強することは当然と言えます。次世代に伝えるべきものづくりをされて行かれる方々の精進を切に願いたいこのごろです。

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