西陣産地の未来

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私は若いころから西陣の連中との付き合いがあって、染の仕事をしていながらも西陣の織物産業について、比較的昔からよく知っているほうだと思います。
京都はキモノと帯の一大生産地でありながら、友禅業界と西陣の織物業界との付き合いは希薄です。

私はいつもそれぞれバラバラにモノづくりをしている状況をおかしなことだと思っていたものです。

キモノと帯は一体ですし、どちらが勝つとか負けるという問題ではありませんが、西陣の人たちは当社のキモノが立派過ぎて帯が負けるだとか、帯のほうが立派でないと行けないなどまことにナンセンスなことを言う人が多くて呆れたものです。

キモノ姿を前から見ると当然裾模様に目が行き、帯の腹のところをよく見る人は少ないでしょう。後ろ姿は逆に帯のお太鼓が注目されますので、まさに表裏一体なのです。

当然キモノのことを知って帯も作るべきですし、キモノを作るものもそれに合う帯のことも考えるべきなのです。

ところが今でも西陣産地は、なかなか融和しません。まあ組合の理事長が原因でもあるのですが、西陣のものづくりは実は大変危機的でもあります。

ご存じかと思いますが、西陣という名前は織物業者が集まっている地域全体の漠然とした総称で、どこからどこまでが西陣ということは地図上どこにも書いてありません。

応仁の乱で山名宗全の西の陣が張られていたあたりに、織物業者が多く集まったという史実から、西陣といえば織物業者の総称でもあります。

西陣は帯だけでは無く、織のキモノ、ネクタイ、金襴、袋物などの織物製品を作るところが集まっているところですが、かつて私の若いころは正にガチャ万といわれる時代で、西陣は大儲けをしたところが多く、納税額のトップを競っていたような状況でした。

猛烈な受注があり、多ければ帯でも1つの柄で1000本も売れた時があります。当時京都でも一番良い仕事の一つで、織屋の代表者は、100%生まれ変わったらまたこの仕事がやりたいといわれていました。

ところが今から20年くらい前から、急激に消費が減退し、西陣で作られた帯を扱う専門の有名な問屋が、まさに堰を切ったように連続倒産し、メーカーは多大な被害とともに、売り先を失い、物凄い勢いで産地が疲弊しはじめ、メーカの倒産廃業が続きました。

織物のことを書き始めるとまた長くなりますが、要は型友禅と同じで、最初の型を作るのにお金はかかるけれど、数が売れたらドンドン儲かるという構造ですので、その数が売れなくなってきて、皆困ったわけです。

今では織屋の主人のほとんどすべては二度とこの商いはしたくないといっています。

最近の統計では、西陣産地全体の織物出荷額は最盛期の5%ほどになっていて好調なのは、お守り袋などをつくる袋もの屋だけだそうです。

帯だけで見ると多分最盛期の3%強くらいまで落ちていて、かつて2000以上の業者がいたのが稼働しているのは100社ほどで現実に生産を続けているのはその半分くらいだろうといわれています。

良く売れていた時代は、帯も西陣界隈でほぼ全量作っていて、あちこちから織機の音がうるさいほどに聞えていました。

多くは専属の工場をつくり、内製化していたのですが、生産量が急激に減り始めて、自家工場での生産が、非常にコスト高になり、持ちこたえることが出来ないという理由で、ほとんどの織屋が出機(外部の賃機屋に頼む)で生産するようになってきました。

発注して分だけその加工賃を支払うということですので、リスクは小さくなります。

そしてその最大の出機の存在地が丹後地方なのです。

昨年の秋、京丹後市が域内の織物業者の実態調査をして発表しているのですが、
その色々な数字を見て愕然としました。

丹後は白生地の一大生産地で、ほぼ色々な生地が織れるところです。

最盛期は組合統計でほぼ1000万反の生産がありましたが、昨年は31万反まで下がっています。

まさにそのこと自体も壊滅的な状況ですが、その統計を見ると、実は丹後地方の機の8割ほどが先染めの物を織っているということです。

先染めとは糸を先に染めたもので、それはまさしく帯であり、織のキモノなのです。

そしてその最大の発注先が西陣なのです。

白生地生産が極端に落ちて来たときに、その織機は帯を織ることが可能でしたので、帯の賃機屋に転向した個人業者が多いのです。

実はすでに高齢化が進んでいて、相当に安い工賃で織らせていたという事実もあるのですが、それがここにきて一段と高齢者ばかりとなってきました。

今織物業に従事している人は1500人余りしかしません(かつては丹後地方一番の産業でしたがね)が、何とそのうちの7割以上が60歳代以上なのです。

全体の8割ほどは個人営業者で、後継者のあるところはほとんどないというのが本当です。

単純にそうした数字を見る限り、これから先10年ほどで、急激に現場を離れる人が増えていくでしょう。

西陣の帯、キモノを作る人がどんどんいなくなってしまうということです。

織りの帯やキモノは前段階の工程もたくさんあって、京友禅と同じく分業制でなり立っていますが、その最後に製織するところがなくなれば、前段階の職人さんにも仕事がまわりません。
現にそうした分業制の中で、あと2人しかいないとか、本当に危機的なのです。

20年前あたりから抜本的な施策が必要だったのですが、私は個人的には行政にもよく話したのですが、役人に危機感が無く、何の手も打てませんでしたし、現に今でも何をして良いのかわかっていません。

勿論目端の効く業者の中には、西陣でも生産地を色々なところに求めたり、丹後でも新業種を探ったり、努力はしていますが、若年労働者不足は否めず(結局食べられないから従事しないのですが)、丹後産地の危機というだけでなく、世界最高峰の織物文化を誇る西陣という歴史ある産地の未来が全く見えないということです。

分業制の産業構造は多くの人たちで支えていますので、自分だけが残れるということは無いのです。

ですから頑張ろうという人がある程度存在してくれない限り、その工程を守れません。

良い帯がなければ、良いキモノも売れませんし、作れません。

今のままなら確実に高級な帯づくりは止まってしまいます。

良いものがあれば今のうちにというのもキモノだけではありません。

西陣は友禅よりももっと深刻なのかも知れないのですが、どうなるのか予想がつきません。神のみぞ知るということでございましょうか。

その統計を貼っておきます。


丹後.pdf


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