文化庁京都移転

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省庁移転など口ほどにもなく、ほとんど何もできないありさまですが、おためごかしに文化庁の京都移転と消費者庁の徳島移転だけが決まっています。

先日京都に先行部隊がやってきて、移転準備に入るようです。

ところが京都府、京都市の行政も来ることだけに舞い上がっていて、いまだにどこの建物の跡を使うのかなど決まっていませんし、もっと問題なのは来ることで京都にとって、日本にとって何がどう変わるのか、どうメリットがあるのかというような肝心のことを何も考えていないようで呆れています。

役人は各地の文化を観光に役立てるとかそんなことばかり言っています。

そもそも文化文化と軽々しく使っていますが、彼らには文化という字をどのような意味でとらえているのでしょうかね。

かなり表層的というか、見方が軽く薄っぺらいようなきがしますね。

歴史も知らないからよくわからないで使っているでしょうが、以前にも書いたと思いますが、文化という字は江戸時代までは、その文字の持つ本来の意味で、教育を広げる、文盲をなくすという意味で使われていたはずです。

それが明治になって正確な英語の辞書をつくるにあたって、非常に訳しにくい言葉の一つとしてcultureがあり、すったもんだしたあげく、文化という文字が当てはめられたのです。
それ以降文化という言葉は英語のcultureの意味を包括することとなりました。
cultureはcultivate(耕す)から来た言葉です。つまり人間が自然界に手を加えてできあがったものすべてを文化と呼ぶこととなりました。
それは形あるものだけではなく、宗教、思想、習慣などもすべて文化です。

つまり文化というものは人が作りだし人によって左右されます。

京都には確かに多くの文化が存在していますが、特に伝統産業と称する物作りの世界では紛れもなく日本最高峰にあります。

各地に京都から多くの文化が伝わりそれが今その土地土地の大切な文化として息づいているのです。その本家本元の京都のモノづくりが、多くの分野で後継者難となり、本当に長い長い歴史で紡がれた大切な貴重な文化が近い将来途絶えてしまう恐れがあります。

世界が認める京都の文化が消滅することは国富の喪失です。

文化庁が京都に来ることで、一番私が期待したいのは、役人が京都のそうした物作りに触れその価値を認識し、継承のための知恵をだし、施策を打ってもらいたいのです。

ただそのためにはまず京都人自身がリーダーシップをとって、文化庁
の役人へ明確なメッセージを伝えることです。

もう手遅れだというものもありますが、残していくためには何ができるのか、京都市、京都府の行政も、文化庁とともに考えてもらいたいと切望しています。

寺や神社や景観だけが京都の値打ちではありません。物作りの街、職人文化の街だということに文化庁の役人に気がついて欲しいですし、それを守ることこそ、国益にかなうのだと見識を持ってもらいたいものです。

しかしまあ需要なくしては供給がないわけですし、作られたものをいかに流通させるかということ、ものをつくる人づくりの問題など、省庁横断的に取り組んでもらいたいのですが、今の政権下では、難しいかもしれませんね。

でもとりあえず受け入れる京都が頑張るしかありません。
普段文化人と呼ばれている人たち(はなはだ疑問の連中も多いですが)には骨身を削って日本の文化水準向上のために尽力していただきたいものです。


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