本物の発信

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11日から今河織物さんの「木屋太」というブランド名で展開されているお洒落なお召しの作品展を開催させていただくのですが、一言にお召しと言っているメーカーの中で、真にお召し緯(右撚り左撚りの超強撚糸)を使っているところは、西陣でもたった2.3軒だと言われています。
他産地の中には、お召しと称してはいても、西陣から見たら足下にも及ばない低品質の糸を使い、かつ甘い織組織なので、お尻のところがよく割れるものがあります。
これを業界用語では滑り、あるいはスリップと言いますが、織物を作るところにとっては非常に恥ずかしいことなのです。

名のある紬作家のものはしょっちゅうスリップするというのは有名ですが、知らない消費者は、その名前に泥を塗るような低品質な物作りが理解できません。

我々まじめな高品質な物づくりをするところは、見えないところにお金をかけて真の高級品を作っていますが、作家ものと称するるものの中には逆に手を抜いて、低品質のものをとんでもない値で売りつけている輩がいます。
高級なものだから結婚式に着ていっても良いとなどとほざいてるそうです。

こうした噴飯物の物作りをする輩をよいしょする流通業者の見識のなさが、結果的に消費者に損を与えているのです。

世間に認められるような名をもらったら、それからが恩返し始まりが人生です。

名に恥じないまじめな物作りをしてもらいたいのですが、馬鹿問屋の要求があちこち来るから、弟子にバカバカ作らせて判子だけ押すような始末です。
あげくの果ては作りすぎてバーゲンに出ます。

作るほうもつくるほうですが、売り手の教養のなさは半端なレベルではありませんので、何が本当に良い物かなどほとんど何も分かっていない売り手が激増しているのです。

私の業界の後輩の紬問屋の社長は、もっと真に紬を普段着として着て貰いたいからという思いで、小売価格が20万するかしないかというオリジナルな織着尺を開発したのに、銀座のある紬をよく売る店は、高く売れる作家ものの紬しか扱わないと言っているそうで嘆いていました。

近いうちに私が発信させて貰おうと思っていますが、自分のことしか考えない、消費者にとって何が必要かなどどうでも良い、売れれば何でもありという呉服屋が多すぎます。

自分で着もしない、買ったこともない輩では、またその背景の日本文化など何も知らない連中では、目先売れるもののことしか考えていませんので、粗悪なものを高く売ろうが、なんの恥も感じません。

もちろんまじめなところの方がまだまだ多いのですが、ろくでもない輩ほど口がでかくて、結局みんなだまされてしまいます。

こんなつまらないことを業界人として恥ずかしくもずっと言い続けていても、何も変わりません。というより以前よりますます輪をかけてひどい状況です。

キモノを勉強もしないで、作ったり売ったりできるという素人業界に成り下がったキモノ文化の低質化を防げるのは消費者なのですが、今の現実では歯止めになりません。

キモノのことをよく知る先達が周りにいれば良いのですが、必ずしもそうではありません。
浴衣の出来損ない程度のキモノしか作れないものが大きな顔をしているというのも、ネット社会ならではなのかもしれません。

私は年齢から言ってもそう長くはできませんし、残された短い時間で、本物を伝えておかねばならないという思いが、年々募ります。

今東京国立博物館で「茶の湯」というテーマで、いわゆる大名物、名物、中興名物と呼ばれる、焼き物を中心の名品の数々が展示されていますが、数百年の時を超えて今も名品として遇されるのは、それなりに作品に力があるからです。

私も物作りをするものの一人として、残ったものがいつまで残るかは別にして、虎は死んで皮残すのですし、後の世の人にも賞賛されるような物作りを、特に70歳を目前にしているだけに、特に意識しています。

何事も晩節を汚さないという男の生き方を全うしたいと、近年あまりにも情けない見本がいるので余計に思うようになりました。

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