寂しい思い

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東京の業界の同世代の知人と久しぶりに会食をして、昔話などをしましたが、全国呉服青年

連合会という組織があって、私は京都のある青年会から、その組織に出向していたので、東

京だけでなく全国の小売や問屋の青年会の人たちとも交流がありました。

当時はキモノ業界もまだまだ隆盛で、その連合会は毎月京都で月始めに種々の情報交換や懇親を深めており、年に一度は各産地持ち回りで全国大会があり、それもまた楽しい思い出の一つです。

私が所属していた京都の青年会がその運営の中心的存在でしたし、この青年会は生産者と、問屋と小売店を垂直でつなぐという意味で意義があり、私もその運営に長く携わったので、多くの知己を得ることが出来ました。

私が業界の各方面にネットワークがあるのはこうした活動のおかげです。

青年会は基本的に定年があり、私の所属していた会は定年が45歳でした。

もう卒業して20年以上にもなるのですが、各青年会もだいたい40歳からまあ最長50歳までで、青年会を卒業していきます。

私の若い頃は同年代も数多くいましたので、会員数もそこそこ維持できていましたが、私が卒業したことを境に、若手が現実にいなくて、会員数は減り続けていて、全国にもたくさんあった業界団体の青年会が、人がいないと言うことで次々解散していきました。

特に生産地の状況が深刻でしたね。

まあそんなわけでその連合会も自然消滅のような形になってしまい、業界を縦でつなぐ組織が少ないだけに、非常に残念でした。

今のような時代だからこそ、まじめに各立ち位置での色々な話ができるこういう組織を復活して欲しいのですが、私の所属していた会にもそれだけのリーダーシップをとれるものもしませんし、本当にいつまで経っても業界が一致団結してこの難局を打開しようなどと言うつまらないお為ごかしの挨拶する人ばかりです。
今の日本にリーダーが不在というのはどんな仕事でも同じですが、呉服業界は悲惨です。

元来売り手が一番の牽引役なわけですが、口ばかりの自分のことしか考えない情けない輩は山ほどいても、産地の作り手の苦境を真に理解し構えてくれる人なほとんどいません。

まあ国のトップがあのように、すべての人が軽蔑こそすれ尊敬などあり得ないようなあの程度の男ですから、キモノ業界にスーパーリーダなど求める方が無理です。

ですから今は各産地も必死になって消費者に向かって情報発信をしていますが、肝心の間に立つ売り手が笛吹けど踊らずというところが多く、あるいは自分の利益ばかり最優先するので、産地としては買いやすい価格の普段着などの提案をしても銀座のある店などは訳の分からない作家ものの紬などをとんでもない値で売ることばかりに腐心していて、それでは産地の作り手の思いとは逆行します。

おり多くの人に、より買いやすい値で、キモノを啓蒙、啓発して欲しいとみんな思っているのです。

私はそういうたぐいのものは一切扱いません。ろくでもない弟子にやらせて判子だけおいているような安物紬作家が人間国宝などこの業界はねじ曲がってるのです。

自分で着てみて何が一番かと言うことの分からない連中が手描き友禅の逸品よりも、糸を紡ぐ手間だけの素朴な紬をとんでもなく高く売るというというのは、いかがなものでしょうかね。

などと言うようなことを書き出すと切りがありませんが、これからも真摯にキモノ文化のためにまじめに取り組みたいという思いです。

話が横道にそれましたが、かつてそのように色々おつきしてきた、先輩、同輩、後輩も立ち止まって見渡すと本当にいなくなってしまいました。

この20年ほどで、亡くなったり、存命でも、廃業あるいは倒産で店が数え切れなく、なくなっていきました。

当時からまだ同じような業態で頑張っているものは本当に数えるほどしかいません。

などとその知人と昔話をしておりました。彼と私の共通点は父を早く亡くしたことで、自らを律して我慢して我慢して頑張ってきたということです。

苦労をすることが今の若い世代に少なく、過去の歴史も勉強していないから、先人の知恵を馬鹿にしている輩も多く見受けますが必ず失敗しますね。

まあ私もそれほど長くは商えないでしょうが、アドバイザーとしては一生お役に立てればとは思うこの頃です。

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