出来ることはあるのにしていない

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14日から東京に出ております。
12月3日に新内節の会に出演するので、今月はこれからずっと東京です。
京都に戻っても、いつも同じように良いニュースもなく、ろくでもない話ばかりで気が滅入ります。

レンタルキモノの程度の低さも輪を掛けてきましたし、最近は中国人がペラペラの振袖を普通のキモノのように着ており、半幅帯に下駄というのには驚きました。

業者も節操がなく、何でも貸せば良いと言うことで、業者の数が増えると供に質の低下も著しく、本当に目が腐ります。

東京でも道行くキモノ姿で、本当に上品で上質だと思うものを着ている人に会うことはほとんどありません。
中にはチンドン屋まがいの人もいますし、明らかに40年以上前だと思われるキモノを平気で着ておられる人も少なくないですね。

買う側の消費者の知識不足を手に取った奇妙奇天烈なキモノも相も変わらず作られてNCや無料着付け教室の販売会などで、嘘八百で買わされているのには、本当にこの業界の劣化をつくづく思います。作り手の矜持などゼロのカレベルの低い男が跋扈しています。

売る側の見識の無いところも激増し、それに連れて作り手もどんどんかつて無いような程度の低い男が平気で商っています。

この業界の流都合者など他の追随を許さないダントツのワーストでしょう。
情けないことおびただしく、消費者目線ゼロの輩の多いことに腹が立つと言うより、この業界の衰退の現実を思い知らされます。
どこにも相手にされないような人材がこの業界で、物作りはコピーばかり、売り手は嘘八百を平気で大声でまくし立てる始末です。

つまらないものを高く買わされるのもしょせんは自己責任でしょうが、普段なじみのないキモノや帯に関して知識の無い人があまりにも多いから、そういう詐欺師そこのけの連中が大きな顔が出来るのです。昔ならすぐに淘汰されますが、そうならないのが不思議な現況です。

この間もあるメーカーの人が3万円で卸しているものが50万円で売られていて、
我々良識ある業界人からみると、いくらどんなに高くてもこの場合なら15万円以下でないとおかしいのです。

泰三のもののように世界に一つというものではありませんし、どこかでは全然違う値で売られてるのでしょうが、あまりにもその良識のなさにいつものことですが、憤慨しています。

こうした消費者にとって不都合な流通環境をいつまで経っても変えて行くことが出来ないというのが、この業界が他業界と違うところでしょう。

メーカーが中小零細が多く、市場を操作できる力が無く、全て販売を流通業者に任せているがために、いくらで売られようが文句がいえないということがずっとずっと続いているのです。
経産省が和装振興協議会なるもので不毛の論議を重ねているようですが、業界内に横行する金払いの悪さを是正しようなどとまるで公正取引員会のようなことを提言したりしていますが、まさにナンセンスの極みです。
まあ国から言われて急に金払いがよくなるとは思えませんし、急にそうしたら今度は潰れるところが増えそうです。

メーカとして金を払わない輩は排除して取引しなければ良いだけの話で、こんなことが解決の糸口にはならないのです。

経産省の役人程度ではキモノ文化の神髄とはなにかも分かりませんし、委員会のメンバーも安物志向ばかりですから、いったい何をすれば良いのかが分からないのでしょう。

まあ結局こんな事でお茶を濁しておしまいなのでしょうが、やるべき事、やった方が良いこと等まだまだいくらでもあったのです。それは全て消費者のためであり、正当なキモノ文化の継承のためでもあるのですが、完全に手遅れという観も否めません。

要するに商い本来の良い物をリーズナブルに売ると言うことを実践するには、今のキモノ業界の流通業者の不見識はあまりにもひどく(もちろん真面目な人も多いのですが)、それを解決するには、やはりメーカーが価格決定権を持つべきで、希望小売価格を設定するべきなのです。
あるいは私がやったようにメーカーがアンテナショップの展開をすることです。

私は自分の信念に基づいてそうしてきた結果、今まで続いてきたわけで、仕事に正義があればか必ず続けられると思います。

私が以前から言っているように、一番の問題は流通環境であり、それを本来出来るのは問屋だったはずですが、江州商人の三方良し等どこ吹く風の教養の欠片も無き連中の経営ですから、流通環境は劣化の一途をたどったというのも自明の理で、老舗問屋が続々倒産し影も形も無くなったと言うことです。

まあ今後も改善の見込みがありませんので、消費者をだまして安物をぶっ高く売りつける商いは減らないでしょうし、だまされる人はいつまで経ってもだまされるでしょう。

結局行き着くところまで行くでしょうし、センスある高級な絵羽もの生産はかなり近い将来にほとんど着えてしまう恐れは十二分にあると言うことです。
残念な現実ですが後には戻れません。

天に向かって唾を吐くようなことをしないと言うことに尽きますね。

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泰三様

初めまして、ツナと申します。
1ヶ月ほど前から着物を着始めたばかりの者です。
まだブログの全ての記事は読みきれておりませんが、いつも勉強させていただいております。

今回の記事について、ひとつ質問があります。
本旨とは少しずれてしまっているかと思いますが、ご回答いただけましたら幸いです。

冒頭近く、40年以上前と思われるものを平気で着ている人も少なくない、とお書きになっていますが、ここに含まれる考えというのはどういったものなのでしょうか。

・流行遅れ
・仕立て直しもせずサイズが合っていない、ぼろぼろである
・新しいものを仕立てずリユース品であることへの批判

私の物知らずな思考ではこのあたりしか思い浮かびません。

呉服業界の振興を考えれば、品質の良い、新しいものを着る側が購入していく必要があると思います。
しかし、一方で、着物は幾代にわたって受け継ぐことができる、というのも魅力のひとつとして云われているかと存じます。

実際に私も、今24歳ですが、50代の知り合いの方から若い頃の着物を譲っていただき、好んで着ております。つまり、30年ほど前のものということになります。こういうものを着るのは、眉をひそめられるようなことなのでしょうか。

稚拙な文章になってしまいましたが、、
泰三様がどういうお考えで書かれたのか、具体的に教えていただければと思います。

私の投稿はそれなりにキモノを正しく知っておられる方とそうでない方では取りようが違うと思います。知ったかぶりでキモノの事を知りもしない輩がとんちんかんなコメントをよこすこともありますが、貴女は私から何か教わりたいと思われているのでしたら、直接メール致しますので、アドレスをお教えください。

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