一人しかいない

カテゴリー:

私どもが蘇州との技のコラボを始めてもう40年以上になるのですが、向こうの刺繍の糸の品質が悪いのと、色見本を出しても絶対同じ色に出来ないと言うより、中国風に染まるので原色に近く、上品な色が出ません。

そのため当初からこちらで刺繍糸を染めて、指示書と共に送っています。
ですから向こうの職人さんは支持されたとおりに縫えば良いようになっていますので、ほぼ間違いなくこちらの思った通りのものが出来るわけで、私はその技術を愛でているわけです。
配色その他全て京都で指示書を作るのですが、それが大変と言えば大変ですが、素晴らしい技を駆使して、日本ではとてもできない超絶的な技を駆使した泰三のキモノはまさに工芸品とも言えるレベルで、私の難しい指示に応えてくれた職人さん達には感謝しか有りません。

ところでその刺繍糸は京都のそれを専門に扱う人に頼むのです。
色本を出してその濃淡で染めてくれだとか注文すると、その人が生糸を買って糸染め屋さんに行ってくれますが、その染める単位は相当に多くて、とても我々が1度に使う量ではありません。
我々はその中で必要な量だけを分けて貰います。
残ったものは他の刺繍職人さんや全国の刺繍教室の注文などで捌いていくのです。
かつて当社の注文がダントツに多かったので、私の指示した色の糸が全国に行き渡ったはずです。

ところがこういう仕事をしている人が京都で実はその人1人なのです。
もしこの人がいなければ、我々は不必要なかなりの量の糸を直接糸染め屋に発注しなければなりませんし現実は不可能です。
自分で少量のものを糸を繰りながら染めると言っても慣れないと上手く均一に染まりませんし、第一染料をそのまま下水に流すのは禁じられていて、処理施設が必要です。

ですから現実はこの人が辞めてしまうと相当に困ったことになるのです。
後継者も無く、ほぼ75歳ということで、彼も息子が帰ってきて継いでくれないかと願っているようですが、そうもいかないようです。

こうした陰に隠れた仕事でも、絶対必要な存在という職種がいくつもありますが、ほとんどが後継者がなく、後残り2軒だとか1軒だけと言うものも珍しくありません。

染織に絶対必要な蒸し屋さんも、かつては200軒以上会ったと言われていますが、キモノの蒸しが出来るところは残り6軒だと聞いています。

かなり以前からこうした事態になることは分かってはいたのですが、これと言った手を打てないままに推移しております。

今では発注量の激減で後継者を育てる余裕もなく、仮に弟子入りしても生計は成り立ちません。

教える側も高齢化の一途で、教えることが、しんどい、辛いと言って辞めていきます。

キモノや帯だけではないかも知れませんが、複雑に分業化していることが、生産システムの維持に赤信号が点滅しているのです。
特に高級な技を駆使するものほど、その仕事がなく、それに使われる技、すなわち無形の文化が主滅してしまうのです。

これは日本国、いや世界にとっても損失ですが、教養無き行政は有形文化財にしか目がなく、それを支える技の継承にほんの一部にしか目が行きませんし、策がありません。

私自身は20年以上前から、こうした事態が来ることは確実だと銀や行政ににも色々と提案していたのですが、目先のことしか考えられないような輩ばかりですし、トップも見識ゼロですし、まあはっきり言って手遅れ状態ですが、何か出来ることはないのか、少し時間が取れるようになったら考えてみたいと思っています。


トラックバック(0)

トラックバックURL: http://www.taizou.jp/mt/mt-tb.cgi/1734

コメントする

月別 アーカイブ