旧弊の打破

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何となく忙しく徒然なるままに毎日を過ごしていくと、あっという間に1週間ぐらいが過ぎ、あれもやらなければこれもやらなければと、気ばかり焦り反省する日々です。

さてこの夏は大災害が連続し、被災された方々には心からお見舞い申し上げますが、爪痕も大きく平時に戻るまでにはまだまだ時間がかかりそうです。

そういう事情もあって、キモノ業界は一段と低迷し、専門店の催事などにも集客が少なく非常に業績が悪化している模様です。
先日老舗問屋が破産しましたし、色々な噂も聞こえてきており、心配な状況です。

京都の問屋なども、自社ビルを改装して貸しビルを兼業したり、他業種の仕事に取り組むところも散見しますし、脱呉服を図る動きはこれからも加速する恐れがあります。

そうした事態を受けて、物作りも低迷し、近年作り手のリスクが余りにも大きいせいもあって、生産数だけで無く質の低下も著しく、コピーまがいのものが大きな顔をして市場を動いています。

このままでは益々消費者が真に求めているようなモノが姿を消していく可能性が大きく、それで需要減退となっていくでしょう。

今年の夏の災害などは特殊事情ですが、今までどんどんキモノや帯が売れなくなっているのは、私が何時も指摘しているとおり、キモノ業界が自ら売れなくしていく環境を作ってきたからに他ならないと考えます。

当りまえのことを当たり前にこつこつとしていけば、消費者からの信用も厚く、そうは大事にはならないはずなのですが、専門店も店売りよりも催事販売ばかりに傾注し、それも委託ばかりですし、店内在庫が陳腐化して、購買動機を高めることが出来ません。

ちょっと店によられるお客様が、いつも何か気を引くモノを陳列しておけば、衝動買いも増えるのでしょうが、ただ店を開けているだけという状況では、本当にもったいない話だと思います。

キモノ業界への不信も一向に沈静化することも出来ず、旧来からの流通構造に甘えるために、一物に何価も発生するという体たらくで、それがまた不信に輪を掛けます。

業界挙げて取り組むべきことは希望小売価格の設定です。
同じモノは日本中どこに行っても同じ価格で売られるべきで、それよりも安く売るところがあっても良いけれど、べらぼうに高く売るなどと言うことが本来許されるはずもないのです。

取引条件によって仕入れ価格が上下することがあっても良いですが売価は決められたとおりに売るのが世の常識です。

世界に1つしか無いような当社のモノはどんな価格で売られようが勝手だと言えばその通りかも知れませんが、それをどうするかは本来メーカーが決めることで有り、市場はメーカーが支配し操作しなければなりません。

私はそのことに25年くらい前から取り組み、ブランディングと共に市場価格の安定のために出荷調整などをして、市場にあふれけることがないように常に市場調査をしておりました。いわゆるマーケットリサーチをしつつマーケティングをしなければならないのですが、この業界はまさにその辺がいい加減で、消費者の声を無視した作り方売り方を続けてきたことが結局自らの頸を締めてしまったのです。

自分が買う女性の気持ちになって考えるのが当然で、そのためにキモノを着る機会のある伝統芸能や伝統文化にも積極的に触れ自分のモノにしていく努力なども当然のことと私は考えていました。

そうした教養もないものがろくでもない物作りで底辺拡大などとほざいて言うことに嫌悪感と奇異な思いをしております。


旧弊の打破はつまらない安物を作ることではありません。もっとも問題の流通構造を如何に消費者サイドに立ったものに再構築していくかなのです。

私は自らそれを実践し、遣り切った感はあるのですが、余りにも売り手の不存在が目立ちますのでもう少し頑張ることにいたしたわけです。

ただ私を要求する人がいなくなれば当然ですが廃業と言うことでございます。
必要とされるかぎりは頑張りたいと思っておりますので、よろしくお願い申し上げます。


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