古希ともなり

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今日有り難くも古希を迎えることが出来ました。

38歳の時に67歳で父が亡くなり、爾来32年間会社を預かり、絶対に倒産させることなく、かつ父の偉業を継承することに腐心し、我慢し、気が付けば死んだ父の年を越え、
70歳という大台に達しました。

以前にも書いていますが、私は若い頃から当時非A非Bと言われた肝炎ビールス保菌者でしたが、後にC型ビールス性慢性肝炎という症状を長く続け、37歳の時についに劇症肝炎を疑われたような肝炎となり、以後4回の長期入院を余儀なくされるという病歴を持っています。
37歳で入院し、肝炎の数字が治まって退院すると入れ替わりのように父が入院し、その年に亡くなってしまいました。

我が家は肩こりの家系で、かつて針灸師が来ていました。当時の針治療などは、針を使い回しする様なレベルで、私も受験勉強中で肩が凝るからと言って、両親のあとにして貰っていたのですが、その針灸師自身がC型ビールス性の慢性肝炎を煩っていたので、両親もその針灸師も最後は肝臓癌を発症し亡くなったのです。誰から遷されたのかは不明とは言え私も罹患したのは事実です。

55歳の時に母が亡くなり、その後のストレスから入院した時には、流石に父と同じようにいつか肝硬変から肝臓癌を発症してもおかしくないと思っていたのですが、その年の暮れに、1週間で1度の投与で済むインターフェロンが日本でも認可されたと言うことで、当時すでに銀座に店を出していましたから、それなら店も維持できるだろうと一年間の投与に踏み切り、苦しい副作用も有りましたが、見事にビールスは消失し完治しました。
お陰で肝臓も再生され、今こうして元気でいられることに改めて神仏や先に旅だった両親、そしてお客様各位のご加護かと思い、こうして生かされてることに心より感謝しております。

父が死んでまもなく 平成の御代となり、バブル経済のお陰で、当社も大変忙しい目をさせて頂きましたが、それも数年後に反転し、以後今までまさに我慢我慢の連続でした。

その間母も亡くなって、案の定ろくでもない眷属のために大変な目に会ったり、公私ともにあまり良いことはありませんでしたし、20年程前に信頼していた得意先の無能極まる3代目の若造社長に裏切られ破産されたことで大きな被害を被ったり、その後も呆れかえる放漫経営を続けていた銀座の老舗専門店の連続破産など、キモノ業界を取り巻く環境は急速に悪化しました。
それに替わって、どうしようもない屑問屋共が仕掛ける消費者を騙して儲けるという、マーケティングという言葉さえ知らないようなこの業界の問屋のリーダーのために、キモノ文化は急速に劣化し、安物問屋が大きな顔するような事態となりましたが、実際その土地土地にあった一番店の後継者が、創業者が亡くなるとその残された資産で食うという選択をしたり、倒産したりで、我々上物屋が行く道がどんどん閉ざされていきました。

まさにこの頃が我社のピンチで、熟考した結果、委託ばかりでその上金もきちんと払わないような無能きわまりない無知で無教養な流通を使うよりも、自らが製造小売りをすることの方が、消費者のためにもなるという思いから、製造小売りに転じようと思い、それが現実に叶い、以後18年間、自分の思いを成就でき、かつ啓蒙啓発も果たせたことは本当に神のご加護と思っております。

本当は70歳で老兵は去ろうと思っていましたし、後継者も決めることが出来なかったので、廃業を意識していたのですが、売り手の資質が一段と劣化し、物知らずの販売員がとんでもないようないい加減なことを吐くために、消費者の信頼感は一段と縮小し、どの店に行けば良いのかと言う声も大きいので、世のためにももう少し頑張ろうと思っている次第です。
私の想像以上にキモノ業界の市場は縮小して行きますが、何とかこれからも本mのの文化を伝えるために腐心して参るつもりです。

色々お分かりにならないことも含めお困りのことあれば遠慮無く御相談下さい。

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