平成時代のキモノ業界

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5月1日から令和という新しい御代が始まったわけですが、平成時代のキモノ業界のことを振り返ってみたいと思います。

昭和64年1月8日に始まった平成時代でしたが、当時は昭和天皇の服喪期間が終われば周りはバブル経済で、土地が急騰し、担保価値が増したと言うことで延命できたような問屋も1社や2社どころではなく、無能きわまりない都市銀行に乗せられて財テクに走った経営者も数知れず。
私にも父が死んで2年目でしたが、手を変え品を変え、借りろ借りろの大合唱で、いまどき財テクしない社長はバカだと抜かす始末で、若造の私なら簡単に銀行の言うままになると思っていたのでしょうが、メインバンクが本業以外のことで金を借りろと言うのは何事だと副支店長、支店長に説教をしたのです。
案の定、にとんでもなく取引先に迷惑を掛けることとなり、借りなかった私が一目置かれることとなりました。バカの融資話を持ってきた男はどこか遠くに吹き飛ばされましたね。
日本中そんな状況で始まった平成の御代でしたが、そんな祭り気分もこれもまた超無能の政治家のために、人為的に一挙に潰されてしまい、その後が大変でした。

私は経済というのは人の営みなのだから、政治家は施行する施策でどう人が考え行動するかと言うことをよくよく読んでいなければなりませんが、世間知らずの、ノーパンしゃぶしゃぶのような接待でうかれまくる程度の官僚が考えた財政政策や机上の空論しか考えられない日銀の金融政策などカスのカスだと思っていたので、この国は相当に痛むだろうと予想していました。
ところが成功体験しかないような問屋や小売屋の2代目社長は。景気が悪くなったのはいわゆる景気循環で、必ず浮上すると断言していたのです。

私はこの落ち込みはそうではなく長く続くから早い目にリストラするなど的確な手を打つべきだと主張したのですが一笑に付され、これは危ないなと思っていたのですが、私の予想通り、売上げはどんどん下がり始め、それまで主力だった高級フォーマルのキモノの販売が急速に縮小し始め、それに代わり洒落物だと称して、昭和50年代は冷や飯食いだった紬や小紋などに陽が当たり、猫も杓子も洒落物だ洒落物だという風潮となり、これはこれで本当に愚かだと思ったものです。

普段着としてキモノを着る人は確かに存在しますが、フォーマル需要は根強く、特に富裕層はそうした需要の方が多いので、そういう品揃えを忌避していくとまさに良い客を逃すと、これはこれで小売屋に注意したのですがね。

フォーマルもカジュアルも両方に対応できれば一番良いわけですし、普段着としてのキモノを提案したいなら、まず自らがキモノで遊ぶような心がけが大事です。

しかしキモノを着ようともしない呉服屋があまりにも多く、これまた情けない思いをしていました。キモノとい言う服飾に対する愛のない者が商うような業界に未来は無いと思ったものです。
そうこうするうちに景気は段々悪化し、フォーマル偏重だった老舗呉服店などがどんどん力を失い、創業者の先代が亡くなったところなどは、さっさと廃業して貸しビルをするとかで、この業界から逃げ出すところも増えて、呉服屋というのはあらゆる物販の中でも恵まれたとても良い仕事なのに何故辞めるのかと思ったものです。

全国の専門店が力を失ってきたので、かつてはそういうところを豆に面倒見てきた問屋の売上げが急速に落ち始め、私どもの古くから付き合ってきた東京の有名な老舗地方問屋が倒産したり、当社も実際ひどい目に遭いましたが、専門店自身も破産するような状況でしたから、大手問屋などは売り先を変えざるをえないと言うことで、その頃台頭してきたチェーン店に力を傾注し始めました。その中で大阪府のAや元々兵庫県の地方都市の1専門店だったTなどが、急速に伸び始めたのです。
その商いの手法などまさに詐欺的で無能そのものなのですが、この業界のコンサルというのは呆れかえるような手法を展開し、客の都合など関係なく客を店外催事に集め何でもかんでも買わないと帰さないとか、、徐々に携帯を取り上げるなど、社会問題となるような過量販売で、自殺者まででる始末でした。
私は筋の通らない商いに未来はないという信念を持っていますので、100%いつか倒産すると広言していたのですが、案の定あっという間に吹き飛んでしまい。多くの問屋が莫大な負債を抱え、連鎖倒産したところもすくなくありませんでした。

正義のない商いの片棒を担いだ問屋に大きな責任があると思ったのですが彼らは反省するどころか同じ手法で他のNCを応援する始末でした。

売り揚げを増やすことだけに血道を上げる超無能経営が、キモノ文化を大きく毀損し、屑のような業者が利益率ばかり上げ暴利を貪ろうとするので、結果的にろくでもないキモノをとんでもない値で買わすような商いがすっかり普通となってしまい今もそういう状況から脱却できません。

私は余りにも流通業者の質が悪いのと、キモノが好きでもない、キモノを着る背景の日本文化なども殆ど知らないと言うような輩が激増してしまった状況から、キモノをこれから着たいと思っている人達のためにも、私自身が小売りに転じた方が世のためだと思って19年前にアンテナショップを開設したのです。

予想通りその後も専門店は1段と、発信力がなくて新規客を取れない老舗が増え続け、私は小売りに転じなければ物作りの道を絶たれておたでしょう。方向転換することで父の遺業を継承できたと自負しております。

平成の時代はキモノ業界にとっては本当に残念で、本物づくりが出来なくなりつつあり、令和の時代に如何に継承できるのかまさに至難の業です。

願わくば消費者も勉強されて、キモノ着付け教室などでろくでもない者を法外な値で買わされるような事などが無いようにて頂きたいのです。

真面目な業者が残り真の文化を継承していけることをこの令和の時代に強く望みたいものです。私もまだ仕事を続けますので、お分かりにならないこと疑問に思われることがあれば遠慮無くお尋ねください。

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