染まるということ

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過日来客されたご婦人の話ですが、大阪のあるデパートで、息子の婚礼のために気に入ったものがあったので、かなり高額な黒留袖をお買いになったということです。

披露宴はホテルだったようですが、その方はかなり御体格の良い方で、当日かなり暑かったということもあったのでしょう。大分汗をかかれたようです。

当然帯下あたりにも汗が溜まったと思われますが、なんと黒の染料が帯に移ったのだそうです。藍染で本藍の時に同じような現象があって、白い帯などに藍が移ることはあっても、黒留袖では非常に稀で、まずふつうはそういうことは考えられません。

当然そのご婦人はクレームを付けに行かれたのですが、担当者の対応があまりにもひどいようで、ありえないことを口走っていたようです。

こういうことはめったに起きないので、この黒留袖はお気の毒ですが不良品ですし、販売した者は当然ながらまずは謝るべきです。

ところがこの販売員は、留袖などを染める引き染は、こういうことはよくあると言ったそうです。
無知蒙昧、知ったかぶりの典型で、本当に困ったものです。


少し染めるということについて書いてみます。

後染めのキモノ(白生地に色々染加工して出来上がるキモノ)には漬け染め(侵染)と引き染があります。無地物は侵染を使うのがほとんどですが、柄があって糊が置いてあるようなものは引き染をします。

染料を水に溶いて、刷毛に付けて、白生地をこするように地を染めて行きます。

その前に豆汁を引いてむらなく染まるようにしておきます。

ちなみに柄の中を染めるのは筆で挿すと言いますね。

染料をむらなく地に塗った時点では、染料が生地の上に単に置かれたような状態ですので、染まったとは言えません。

この後蒸しをかけて、その後にまだ上に乗っている余剰の染料やノリなどを流し落とす
水元(水洗)をすることで初めて染が完了するのです。

蒸しを掛けるというのは木枠にキモノを止めて、蒸し箱のなかに入れて高熱の蒸気を掛けるのです。

そうすることで生地目が膨張し、染料の分子が生地の中、糸の中に入り込んでいき、定着するのです。
この蒸しの温度や時間をどれほどにするかというのが大切で、今回のようなケースは明らかに蒸しのミスで、時間と温度を間違えたのではないかと思います。

もう一つはその後に行う水元がおざなりで余分な染料が落ち切っていなかったということも考えられますが、蒸しが甘かった(温度を間違えた、時間が短すぎた)ということが原因に違いありません。

染料が正しく先着していない状態で、湿度と高温と摩擦が加わったので、染料の分子が動いて生地の表に出てきてしまったのでしょう。なんとその後が白生地のような状態になっていたということですから、ほとんど染まっていないということで、完全な不上がりです。
染めるというのは、白生地と染料が化学反応を起こすのではなく、染料の分子が糸の間に入っていくことですから、確かに摩擦には弱くて、今のような状態なら色が落ちるということも本当に稀にはありますが、普通にお召しになっている状態ではまずそんなことはありません。

それをその販売員は知ったかぶりで、引き染はよくそう言うことがあると言ってしまったわけで、他のキモノもそうなるかもしれないなどと、色落ちは当たり前のごとく回答したそうです。

染物がそんなに色落ちしたら大変で、そんなことはめったにありませんからご安心頂きたいのですが、売り手として最悪の対応をしているし、謝りもせず責任を取ろうともしないし、強いては我々染色業者を愚弄するような態度でもあるわけで、一番の責任者がそれなりの対応をしないのなら、消費者センターに報告した方がいいとアドバイスしておきました。

まずは謝って、同じものをもう一度作り直すのが最良の対応策です。

製造者の名もわかっているようで、平気で人真似をしたりする(当社も何度もやられました)業者ですからさもありなんと思ったわけですが、製品に問題はないと抜かしているそうで本当にこの業界は地に落ちたとしか言いようがなく、いつものことですがこんな話を枚挙にいとまなく、聞くたびに暗澹たる思いでおります。

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