衣替え

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あっという間に9月も終わり、衣替えとなりますが、京都も大変蒸し暑く、
日中の日射しも夏のようで、とても秋という感じではありません。

私は一応プロの立場として、10月1日からは袷という体制は取りますが、今年の場合は単衣はしばらく整理に出さないで置いておこうと思っています。

早速明日キモノを着ることがあるのですが、やはり単衣にしようかと悩んでいます。
まあ天気次第と言うことです。

洋服でも明日から秋の装いとは言っても、半袖は欠かせませんし、秋冬物の購買はする気もしません。

服飾文化というのは、日本では特にその背景にある四季が元来明確だったから、色々とバリエーションが生まれ、お洒落のしがいがあるのです。

年中同じような温度の国に行くと、当然着る物も年中同じですから、着る物を見て四季を感じることもありません。

多くの国風文化の生まれた京都の四季が、多種多様な文化を生み出し、それを中心に色々な決め事があるわけですから、これだけ京都の四季も曖昧になれば、私はそれに付随する文化も変らざるを得ないのかと思います。

それでなくても伝統文化は陰暦時代が元になっていて、それを太陽暦の中でこなして行くからややこしい訳ですが、その上季節の変わり目が大きく変ると、昔の言葉との乖離が大きくなりすぎて違和感を覚えます。

人が自然界で作り上げた結晶が文化ですから、その自然が変れば、文化も変節を遂げるのは当然だろうと思います。

今が異常気象だと言っていますが、毎年こうだとなるとその自然に変化に多くの物が変っていく事ですから、キモノ文化もそれに付随して変って行くべきだと私は考えています。

時代に応じた生地などの開発や、着方の変化なども業界的には考えるべきではないかと思っています。

私はもうそこそこ高齢ですので、次の世代の人達が考えるべき1つの課題だろうと思います。

不易流行という言葉があります。
芭蕉の言い出した言葉ですが、変えていけない事と変えてはいけないことを正しく理解しておくべきです。

何でも先人のやってきたことを壊して良い物では有りません。
変えていくべき事、変えざるを得ないことは前例主義にこだわらず積極的に変えるべきなのですが、業界の若手でもそれを理解せず、先人のやってきたことが全て間違いだったというようなばかげたことをいう者がいます。
これは育ちとか教養の問題で論外なのですが、変えた方が良いこともこの業界にたくさんあるのは間違いない事は事実でしょう。

キモノ業界は塗炭の苦しみにありますが、それは古くからの古き良き時代の流通構造にしがみついたり、お客目線ゼロで、業界の都合ばかりを客に押しつけようという情けない無理無体な商いを続けてきた結果の報いであって、買いたい人達の心が全く読めていない試走した人たちの心が読めていないのです。

業界人自身の反省無くしては2度と隆盛となることはありません。と言う意味では絶望的な面もありますが、個々には旧弊を打破して頑張っている若手もいますし、期待するところもあります。

私は培ってきたノウハウを駆使した泰三らしい物作りを今しばらく続けなければいけないと自覚しているところでございます。

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